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診断士カレイドスコープ

海外のいまを知る―ミャンマー編

文:秋島 一雄田中 聡子七田 亘村上 知也(中小企業診断士)

【第1回】ミャンマーの実態

中小企業診断士の目で見た海外の現状をお伝えする新シリーズ「海外のいまを知る」。第1回となる今回は、アジア最後のフロンティアとも呼ばれるミャンマーの訪問記をお届けします。

私たち4名は、2012年の1月~4月までの合計3回、ミャンマー(緬甸)を訪れました。さらに、この訪問で得たさまざまな交流から、日本とミャンマー双方の複数の中小企業経営者と実際のビジネスを進行中です。なぜミャンマーはそれほど熱く、魅力的なのでしょうか。

いま注目されているミャンマーに中小企業が進出できるかどうかを肌感覚で感じてくることをミッションとして、私たちはミャンマーに向かいました。また、その支援として実際に中小企業診断士ができることは何かを知るために、ミャンマーの企業の視察とともに、中小企業支援の中心である現地の商工会議所の状況をつかむことにも重点を置きました。今回のレポートでも、その様子を報告します。

さて、まずはミャンマーの国勢についてです。

ミャンマーの人口は約6,200万人、国土は日本の約1.8倍です。1962(昭和37)年より続いた軍政の影響で半鎖国状態にあり、周辺各国の進展から取り残されていました。60年代は東南アジアで先進国だった同国も、現在は隣国・タイより20年は経済発展が遅れている状況です。しかしいま、その扉が開き、情熱的に躍動しようとしています。

補欠選挙が実施される

ミャンマーではこの4月、私たちが訪れたタイミングと時を同じくして、補欠選挙が行われました。この選挙は形式上、軍政に終止符が打たれ、新体制で迎える初めての選挙だったため、その動向に注目が集まっていました。

そして、補欠選挙が無事に実施されたことで、米国からの経済制裁緩和が発表され、日本でも、東京証券取引所と大和証券グループが、ミャンマーでの証券取引所設立を支援すると発表されました。さらに、4月20日にはミャンマーの大統領が来日し、日本国政府も正式に円借款の再開を表明しました。こうして現在、急速にミャンマーへの進出環境が整えられている感があります。

物価が急上昇、管理変動相場制へ

消費者物価指数の推移における日緬の比較
消費者物価指数の推移における日緬の比較
(1995年を100として換算)
出典:IMF-WorldEconomicOutlook(2011/9月版)

ミャンマーは2000年代初頭から、高い経済成長を続けています(15%弱の成長率を維持していたが、ここ数年は5%台に急落)。これは、天然資源開発中心の国有企業の発展によって成し遂げたもので、民間部門にはまだ発展の余地があります。

一方で、物価も上昇の一途をたどっています。ミャンマーの通貨単位Kyat(チャット)の実勢レートは、1ドル=810チャット(2012年4月時点)程度です。しかし、元々は公式固定レートとして1ドル=6チャットと決められており、実勢とはまったく合わず、少し前までは1ドル=1,000チャット程度で取引されていたといいます。

そんな中、この4月1日より管理変動相場制が導入され、為替レートは実態に沿うようになりました。以下に、私たちが現地で買い物をした価格をいくつか記載しておきます(10チャット=1円換算)。

  • 経営書(約800ページ:英語)1,600円
  • ガソリン1リットル 110円
  • サンダル 100円
  • ロンジー(民族衣装スカート) 観光地で2,000円、マーケットで300円

物価は意外と安くない印象です。参考までに、ミャンマーの一般的な大学卒業者の初任給は、5,000円程度です。また、一般的な人が暮らすのに必要な金額は、1ヵ月1.5~2万円程度とのことですから、庶民にとってはかなり厳しい物価水準ということになります。

ミャンマーの商工会議所

ヤンゴンの商工会議所での会談
ヤンゴンの商工会議所での会談(1月)

私たちはできるかぎり、現地の商工会議所を訪問しています。この1月には、ヤンゴンの商工会議所で理事クラスの方8名と、中小企業支援のあり方や人材育成の実態を中心に討議しました。特に、創業支援の融資や人材育成へのセミナー等の具体策に関しては、突っ込んだ質問をいただきました。

また3月には、1月の会談を踏まえ、商工会議所の副会頭と面談しました。いま、ヤンゴンの商工会議所は活気にあふれ、来客も非常に多く、職員の方々は満足に休憩もとれないと嘆いているほどです。私たちの面談中にも、同時並行で他の面談があり、日本人の来訪自体は珍しくありません。

副会頭からは、「できることは早く、いますぐにでもやってくれ」と強く言われました。過去にミャンマーに進出した日本企業が、経済制裁措置以降に引き揚げてしまったため、リスクをとらないお国柄と認識されています。今回のミャンマーブームにおいても、継続的かつ迅速に進出を果たさないと、信頼を得られない可能性があります。私たちも期待を裏切らないためにも、二の矢・三の矢を出していく必要性を再認識しました。

副会頭との面談
副会頭との面談(3月)

一方で、マンダレーの商工会議所は、行列ができるような華やかさはありません。しかし、日本の大学院を卒業し、日本語通訳ができる方が参加されていたため、会談はスムーズに進みました。とは言え、マンダレーの商工会議所会員2,000社のうち、中国、韓国企業が数十社登録しているのに対し、日本企業は1社だけで、ここでも日本は出遅れています。

ここで強く感じたのは、ヤンゴンへのライバル意識でした。19世紀は王都・マンダレーがミャンマーの中心でしたが、20世紀以降の中心はヤンゴンです。現状の街並みを比べても、ヤンゴンのほうが進展していることは否めません。マンダレーからは、少しでも早く発展を遂げたいという思いが感じられました。

内陸部にあるマンダレーは、海に近いヤンゴンに比べ、諸外国への船によるロジスティック面で、不利な要素を抱えています。一方で、中国雲南省のすぐそばにあるため、中国との陸路による交流が盛んで、華僑の進出には目覚ましいものがあります。今後は、日本人にも進出してほしいというメッセージを強く受けました。

(つづく)

※本稿は、秋島一雄、田中聡子、七田亘、村上知也によるレポートです。

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