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診断士カレイドスコープ

元支援機関職員の中小企業診断士が教える施策活用法

文:園田 晋平(中小企業診断士)

【第1回】「経営革新」~警備会社社長はなぜ、福祉トイレカーのサービスへ展開したか~

中小企業施策にはさまざまあるものの、どの施策が自社にとって有益なのかは、ガイドブックなどでは伝わりにくいこともあります。そこで当連載では、実際に施策を活用した企業を紹介しながら、その施策の実態と活用法をお伝えしたいと思います。
 今回は、国の専門家派遣事業を利用し、経営革新承認を受けた企業の事例から、「経営革新」についてご紹介します。

「経営革新」とは

中小企業が、新たな事業活動によって経営向上に向けた取組みを行い、経営革新計画の承認を受けることで、低利の融資制度などさまざまな支援を受けることができます。新たな事業活動とは、(1)新商品の開発や生産、(2)新役務(サービス)の開発や提供、(3)商品の新たな生産方式や販売方式の導入、(4)役務(サービス)の新たな提供方法の導入その他新たな活動、のいずれかに該当する必要があり、今回紹介する事例は(2)の新役務(サービス)の開発や提供に該当します。また、計画には3~5年の経営目標を示す必要がありますが、付加価値額が年率平均3%以上、かつ経常利益が年率平均1%以上伸びる計画であることが求められます。

警備会社社長の思い

優成サービス株式会社は、神奈川県海老名市にある警備会社です。八木正志社長が平成3年(1991年)に設立し、道路工事現場などの警備を主な業務として展開しています。この会社は平成22年、「移動式福祉トイレカーによるサービス事業」によって「経営革新」の承認を受けました。事業の概要は、イベント会場などにトイレカーを派遣し、高齢者や障がい者向けにトイレを提供するというものです。ただトイレを提供するだけでなく、ヘルパー2級などの資格を有する同社社員が、自力で用を足すのが困難な方をサポートし、使用後のトイレ清掃までを行います。このサービスによって、障がい者やその家族が、安心してイベントなどに参加できるようになるのです。

でもなぜ、警備会社が、ほとんど関連のない福祉事業とも言うべきこのサービスへ展開したのでしょうか。その発想の根底には、警備現場で警備員が困っていた問題、そして八木社長の社会的弱者に対する思いがあります。

警備員が工事現場で困ることの1つに、トイレの問題があります。「現場にトイレがない」、「コンビニのトイレを借りようにも、舗装工事などの警備だと靴底が汚れていて、店内を汚してしまう」など、彼らからの悩みが八木社長の耳にも入っていました。対策を考えた末、八木社長が思いついたのが、移動式トイレカーでした。自ら、トイレを設置した改造車の設計・組立を行い、工事現場に設置したのです。これが、トイレカーの始まりでした。

八木社長はその後、「工事現場だけでなく、障がいを持つ方やそのご家族も、トイレの問題には大変苦労しているはずだ。そうした方に手を差し伸べたい」と思いを巡らせました。そして、トイレカーのさらなる改良に没頭した結果、ほとんど無臭で冷暖房完備という、快適な福祉バイオトイレカーを開発するとともに、自社の警備員にヘルパー2級を保有させ、運転や介助も行うサービスを展開することにしました。

「経営革新」取得に挑戦

この新たなサービスに関しては、「『経営革新』をとれるのでは」という言葉を耳にするようになりました。その時点では、「経営革新の承認を受けたい」という狙いは特にありませんでしたが、支援機関に相談して何かしらのメリットはあるはずと確信した八木社長は、経営革新計画の策定に挑戦することにしました。策定にあたっては、中小企業応援センター事業(平成22年度事業)の専門家派遣による支援を受けることにしました。

こうして、専門家の助言を仰ぎながら経営革新計画を策定した結果、着手から4ヵ月で神奈川県知事から承認を得ることができました。「専門家の助言があったからこそ、短期間で承認までこぎつけることができた」というのが、八木社長の感想です。

東日本大震災発生後は、ボランティアとして

しかし、晴れて経営革新承認を受け、営業活動を拡大しようとした矢先に、東日本大震災が発生します。未曾有の大震災に対し、ふだんから困っている方への思いが人一倍強い八木社長は、すぐにボランティア活動を行う決断をしました。3月、4月のイベント会場への福祉バイオトイレカー派遣をすべてキャンセルし、警備員数人を連れて、震災発生から1週間後には、福祉バイオトイレカーで被災地に向けて出発したのです。車内には女性用衣類、下着、生理用品、おむつ、粉ミルク、ほ乳瓶、保温ポットなどの救援物資が、ぎっしり詰まっています。そして、福祉バイオトイレカー内で1週間寝泊まりをしながら、被災地の障がい者の方に快適なトイレ空間を提供し続けました。「笑顔で感謝の言葉をいただいたことが忘れられない」と、八木社長は振り返ります。この活動は引き続き行っており、平成23年8月にはその取組みに対して、経済産業大臣より表彰状をいただきました。

「経営革新」を活かし、未来へ

こうして、大震災でも活躍した福祉バイオトイレカーでしたが、経営革新承認によって、さまざまな効果があったと八木社長は語ります。

まず、ネームバリューが向上した点です。神奈川新聞や雑誌『AERA』にも紹介され、世間の目に触れる機会が多くなりました。営業をするにあたって、経営革新承認は間違いなくプラスに働き、受注拡大にも寄与することが期待できます。その一方で、行政機関でも福祉関係の部署においては、「経営革新」に対する認知がまだ低いことも実感したそうです。

次に、世界が広がった点です。警備業だけを行っていた頃は、活動が及ぶ業界も限られていましたが、この新サービスの展開と経営革新承認によって、新たな業界との折衝や人脈の形成など、さまざまな広がりが図れたといいます。

そして、最後に八木社長が強調していたのが、「経営革新計画承認、すなわち事業に対して県知事からお墨付きをいただいたことは、大きな武器であり、高い参入障壁を築くことになった」という点です。それだけ、経営革新計画には重みがあるとも言えるでしょう。

現在、八木社長が開発、製造した福祉バイオトイレカーは3号車まであり、4号車を開発中です。かなりの開発コストを費やしているうえ、今後の事業拡大にも資金が必要なため、現在は、経営革新計画承認によって対象となりうる補助金や福祉関係の助成金申請を考えているとのことです。

今回、八木社長からお話をうかがったことで、経営者の素晴らしい思いや挑戦に対して、国や都道府県知事がお墨付きを与えることは、さらにその思いを強くするとともに、挑戦を加速することにもつながると気づきました。そしてその点でも、「経営革新」の有益性をあらためて感じました。

(つづく)