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中小企業診断士親子鷹に聞く―新木利雄さん・啓弘さん

取材・文:福島 正人(中小企業診断士)

【第1回】高度成長の中で

取材日:2011年3月5日

今回は、中小企業診断士親子の登場です。父親の新木利雄さんは、1976(昭和51)年に中小企業診断士資格を取得。現在は、阿波池田商工会議所(徳島県三好市)の専務理事として活動しています。息子の啓弘さんは、2007(平成19)年に中小企業診断士資格を取得。2009(平成21)年に東京都荒川区で新木経営情報研究所を創業し、独立診断士として活動しています。

啓弘さん誕生

左:新木利雄さん(父)、右:啓弘さん(子)
左:新木 利雄 さん(父)、右:啓弘 さん(子)

― まずは、お父様のお話からうかがっていきたいと思います。

利雄さん(父):私は終戦直後の1946(昭和21)年に、徳島県三好市で生まれました。徳島県立美馬商工高等学校電気科を卒業して1965(昭和40)年、日立製作所に入社しました。

― 日立製作所では、どのようなお仕事をされたのですか。

利雄さん(父):入社後6ヵ月間は、新入社員研修です。日立・勝田・水戸(いずれも茨城県)・亀戸(東京都)・栃木(栃木県)の工場を、研修生として視察させてもらいました。その後、ルームクーラーの設計業務を担当しました。当時のエアコンは、室内機と室外機が分離されていませんでしたが、それではモーター音がうるさい。そこで、室内機と室外機を分離した「スプリット型エアコン」の開発を担当しました。

― なるほど。現代のエアコンの原型を開発していたんですね。

利雄さん(父):1968(昭和43)年からは地元徳島に戻り、電機メーカーに転職しました。まだ20代前半でしたが、日立製作所での経験を期待され、管理職として迎えられました。

― その翌年に、ご結婚された。

利雄さん(父):看護師をしていた幼なじみと結婚しました。小・中学校時代の同級生です。その翌年に生まれたのが、長男の啓弘です。

啓弘さん(子):親の小学生時代のクラス写真を見ると、父と母が一緒に写っているんです(笑)。

工場の生産ラインを任される

新木利雄さん

― 転職先の電機メーカーでは、どのようなことに取り組まれましたか。

利雄さん(父):試作品開発や工場管理業務に取り組みました。日立製作所出身ということでとても期待されていて、そこでは、5万円も10万円もするような研修を受けさせてくれました。トヨタ自動車のカンバン方式をマスターするために、1ヵ月くらいトラック工場に派遣されたこともありました。

― トラック工場はどのような様子でしたか。

利雄さん(父):24時間稼働の工場でしたが、2交替制なんです。現代と違って、労働時間がきわめて長い。日本が右肩上がりで成長していた時代です。働く側も、長時間労働はむしろ歓迎で、「頑張って働いて、家を建てるんだ。生活を充実させるんだ」と意気込む高度成長期でした。自分の勤務時間を最後までまっとうしようとしていました。

― 猛烈な時代ですね。

利雄さん(父):私はトヨタのカンバン方式を学び、勤務先メーカーでの生産改善に役立てました。また、工場の生産ラインを任されるようになり、約80名の部下を持つようになりました。

中小企業診断士資格を取得

新木利雄さん

― まだ20代なのに、すごいご活躍ですね。

利雄さん(父):たくさんの部下を持つようになると、生産管理の知識を知らなくてはいけません。会社の期待に応え、知識の整理をしようと勉強を始めたのが、中小企業診断士(旧工鉱業)の資格です。資格が欲しいというよりは、知識が欲しくて勉強しました。仕事を進めるうえで、必要な知識だったんです。

― どのようにして勉強をされたのですか。

利雄さん(父):通信教育です。午後8時半頃に仕事が終わり、それから家に帰って勉強です。生産管理に関しては、工場で仕事をしていますので、現場の知識はあります。生産管理と資材管理、外注管理に関しては、その知識が役立ちました。財務や法律、中小企業経営に関しては、通信教育で一生懸命勉強しましたね。

― 啓弘さんは、その頃のお父様のことを覚えていますか。

啓弘さん(子):私はまだ小さかったのですが、父親がよく勉強していたのは記憶に残っています。テレビの横に机があって、父はいつも勉強していました。

― テレビの横の机で勉強して、中小企業診断士試験に合格されるわけですね。

利雄さん(父):1975(昭和50)年に中小企業診断士(旧工鉱業)試験に合格し、翌年の3次実習(現在の実務補習)を経て、中小企業診断士登録をしました。同じ年に合格したのは、四国で3名だけです。15日間の3次実習は、東京で受講しました。会社も理解があって、気持ちよく送り出してくれました。

― 当時の3次実習は、どのような様子でしたか。

利雄さん(父):20代だった私は、実習生の中で一番年下でした。ほかのメンバーは、公認会計士やレコード会社勤務の会社員などでしたが、実習仲間とはいまでも、年賀状のやりとりをしています。パソコンが普及するはるか前の時代ですから、診断報告書は手書きです。朝から晩まで実習漬けで、大変でした。宿泊していた宿の女将さんが、遅くまで作業している私たちにびっくりして、差し入れをくれたりしましたね。

― なかなかハードだったようですね。会社の中では、中小企業診断士資格の取得は評価されたんですか。

利雄さん(父):中小企業診断士という資格の知名度はまだ低く、勤務先の同僚からは医者の免許と勘違いされました。「診断士」という言葉から、お医者さんの資格だと思ったようです(笑)。

(つづく)

■新木 利雄(しんき としお)
阿波池田商工会議所専務理事、中小企業診断士。1946年生まれ。日立製作所勤務を経て、阿波池田商工会議所に入所。中小企業相談所長、事務局長などを務める。2011年、中小企業庁長官賞(経営改善普及事業発足50周年記念表彰)を受賞。
阿波池田商工会議所

■新木 啓弘(しんき よしひろ)
新木経営情報研究所代表、中小企業診断士、ITコーディネータ。1970年生まれ。2007年4月中小企業診断士登録。ビジネス競争力を高めるための経営基盤として、情報セキュリティマネジメントシステムの構築を推奨。身の丈に合った構築支援により、好評を得ている。そのほか、経営相談、IT経営応援隊事業等の活動を主に行う。経営資源の情報にスポットを当て、経営に役立つ情報の利活用を模索中。
新木経営情報研究所