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診断士カレイドスコープ

演劇とコンサルティングのシナジー効果

取材・文:稲垣 桃子(中小企業診断士)

【第2回】「劇団経営の助けになりたい」という思い

取材日:2010年9月22日

中小企業診断士として活躍される一方で、演劇プロデューサーという肩書きもお持ちの櫻田登紀子さん。大企業での企画部門から、演劇という世界に飛び込んだ櫻田さんをこの後、さまざまな試練が襲います。

日本の舞台芸術の表と裏

櫻田登紀子さん

― 老舗劇団の広報担当として記事に取り上げられたり、お客様を多く呼んだりと、大活躍の櫻田さんですが、在籍は1年ほどなんですね。

そうなんです。もともと修業のためというのもありましたし、正式な劇団員ではありませんでしたから。自分がプロデュースしたい作品へのこだわりもあり、その劇団からは離れましたが、いまでも一ファンとして、よいお付き合いが続いています。

― その後フリーになられたわけですが、どのような活動をされていたのですか。

「大企業を辞めて、演劇制作を始めた変わり者がいる」と評判になったのか(笑)、業界のさまざまな方から、制作依頼をいただきました。その中の1つに、くすのき燕さんという、オブジェクトシアター「Four Seasons」の作・演出をしていた方からの依頼があったんですが、彼の作品は世界中から高い評価を受けていて、常に10ヵ国以上からのオファーが来ていて...。その彼が、制作パートナーを探しているとのことだったので、お引き受けしました。

会社員時代は、英語が堪能な人が社内にいくらでもいたので、大学以来、まともに英語の勉強などしていなかったんですが、海外との交渉のために、あわてて英会話教室に通い始めました。初めてのことが多く、綱渡りの日々でしたが、私がかかわった間に、スペインで2回、オーストラリアで1回の招へい公演を実現し、計40ステージほどの海外公演を果たしました。青山円形劇場のオブジェクトシアター制作もやらせていただいたんですよ。

それから、いまとなっては笑い話ですが、ある"極貧劇団"から制作を頼まれたこともありました。非常に伝統ある劇団でしたが、経営状態は芳しくなく、座長がテレビや映画の出演で稼いだお金で、舞台の制作費をまかなっていたんです。座長自身には、脇役でもドラマに出演できるほどの演技力があるんですが、「どうしても生の舞台をつくりたい」という人で...。「舞台をやりたいから、まずテレビに出演しなければ...」ということで、座長からいわれて、毎日テレビ局で営業回りをしたりしていましたね。

― そんなこともやっていたんですか。

「私、何やってんだろう」って(笑)。大企業で歯車として働いてきた自分には、思いもよらないことばかりが続きました。

― そうですよね、本当に(笑)。

役者さんの多くは、舞台に立つために、ふだんはアルバイトで生計を立てている方が多いんです。余談ですが、無名の役者さんでも、いい大学を出た学歴の高い方が多いんですよ。

― 「普通にお勤めしていれば、エリート会社員だった」というような方が、演劇の世界に入られたんですね。

ええ。それは、夢をみる力の継続だと思うんです。でも現実は、生活としてもビジネスとしても成立していない。役者さんが、アルバイトをしながら舞台に立つのが当たり前になっているんです。

私は、劇団での修業時代に経営にかかわったこともあり、だんだん劇団経営の内情がわかってきました。お客様から感謝されるような素晴らしい仕事をしているのに、劇団の経営状況は、どこも芳しくない。景気の影響もありますが、それ以上に多くの劇団は、演技や創作には高いこだわりを持っても、経営は片手間でやっているところが多いのではないでしょうか。劇団によっては、役者を引退した人が、経営の知識もないまま、社長をやっていたりしますからね。日本には、数千という劇団がありますが、経営が成り立っているのは、ほんのひと握りです。

― 厳しい世界ですね。

日本の現代劇の世界は、発祥期の明治時代から、採算が合わないのが当たり前で、それをよしとしてきた歴史がありました。それではダメだと長年、誰もが考え、努力してきたのでしょうが、相変わらず、生活費はテレビや映画で稼ぎ、舞台で夢を追うというカタチが続いていたんです。

原因の1つには、海外と違い、文化や芸術に対する企業の協賛や国の助成が限られていることもあるでしょう。政府が、海外でも評価の高い日本の演劇をもっと理解し、支援する必要があると思っています。

― それでも皆さん、劇団を続けていかれる。

演劇だけでなく、芸術の世界に身を置く方たちは、夢をみる力が強いのだと思います。

人は皆、若いときはさまざまな夢をみますが、私自身がそうだったように、年齢を重ねるごとに、才能の限界を感じたり、現実を優先したりして、あきらめてしまう場合が多いと思います。でも、私が出会った人々は才能にあふれ、皆さん明るくて、自分の仕事に誇りを持っています。夢をあきらめることなく、自ら選択して続けているんですね。普通の会社員よりもずっと、いきいきと生活していらっしゃるように感じます。

中小企業診断士を目指した理由

櫻田登紀子さん

― そんな櫻田さんが、中小企業診断士を目指したいきさつを教えていただけますか。

くり返しになりますが、世界から高評価を受ける劇団や作品があるのに、劇団経営そのものは、ビジネスとして成り立ちにくい現状があります。十数年間、ビジネスの世界にいた者として、何か助けができれば、と思ったんです。

ただ、そのためには、自分自身に経営の知識があまりにも足りなかった。そこで、フリーになった翌年の2005年頃から、経営を体系的に学ぶために中小企業診断士の勉強を始めました。中小企業診断士登録は、2008年です。

― 最初の動機は、「劇団を立て直して、ビジネスとして成立させたい」という思いからなんですね。

ええ。もっと大きくいってしまうと、「日本の文化や芸術をビジネスとして成功させ、さらに発展させたい。世界に発信したい」という願いからです。

― なるほど! 「どうして、劇団と中小企業診断士の両立なんだろう」って、ずっと思っていたんです。やっと納得しました(笑)。その後、中小企業診断士としての活動が始まるわけですね。

はい。2008年4月の中小企業診断士登録と、「Four Seasons」のオーストラリア公演が同時期でした。当初は、「演劇プロデューサーと中小企業診断士の2足のわらじで活動します」という挨拶ハガキを出したものの、現実的には中小企業診断士の仕事が忙しく、両立は難しかったですね。

― たしかに、中小企業診断士って、独立すると結構忙しいですよね。私も独立して、驚いています。

それは、とてもいいことですよ。私は、中小企業診断士になってしばらくは、あまり仕事がなかったですから。家庭の事情で、思うように活動できなかったということもありましたが、最初の2~3ヵ月は、毎日研究会と懇親会にだけ行っている状態でした。「独立したら、すぐに仕事が来て...」という話を聞くと、うらやましいです。

― ええ~? 「櫻田さんは、すぐに軌道に乗って成功した」と、ほかの方からも聞いていますよ。

そんなこと、ないですよ。結構苦労しているんです(笑)。

― 芸術の世界から再び、ビジネスの世界へと戻ってきた櫻田さんですが、最終回では、中小企業診断士としてのご活躍ぶりと、演劇とのシナジー効果について語っていただきます。

(つづく)

櫻田 登紀子(さくらだ ときこ)
中小企業診断士。筑波大学卒後、(株)バンダイ、大日本印刷(株)を経て、2008年独立開業。得意分野は、新製品・新事業立案支援、国際化を含む販路拡大支援。演劇制作者でもあり、2011年の上演に向けて舞台『明日はお詣り』をプロデュース中。著書『決断と再生~中小企業をどん底から救った男たち』(2010年/同友館)。月刊『企業診断ニュース』連載「広がれ、企業内診断士の輪」2代目インタビュアー。