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世界トップレベルの舞台に立った中小企業診断士

取材・文:大堀 記美子水沼 啓幸(中小企業診断士)

【第2回】プロ副審と中小企業診断士、2つのキャリア

取材日:2010年7月15日

ワールドカップを副審として経験した、数少ない日本人の相樂さんはなぜ、中小企業診断士の資格を取得したのでしょうか。プロ副審と中小企業診断士の関係をお聞きしました。

審判への道のり

相樂亨さん

― 審判をされる前に、もちろんサッカー経験がありますよね。サッカーを始めたきっかけ、そこから審判を目指したきっかけを教えてください。

小学生の頃、近所のお兄ちゃんたちがみんな、サッカーをやっていました。それで私も始めたんです。「キャプテン翼」の世代ですから。

そして、私が高校2年生のとき、Jリーグが開幕しました。そのとき、高校のサッカー部の監督がたまたま国際審判員だった。Jリーグ開幕当初、大フィーバーだった頃に、主審をやっておられました。それが、審判に興味を持ったきっかけです。その後、高校3年生のとき、大学が指定校推薦で決まっていて、暇をもてあましていた時期がありました。そこで審判4級を受け、審判を手伝うようになったのが分岐点でした。

― 相樂さんは、アジア初のプロ副審とお聞きしました。プロ副審の開拓者ですね!

自分で切り拓いてきた、という感覚は、まったくありませんね。今と違って、ものすごい数のライバルの中を勝ち抜いてきたわけではありませんから。20歳くらいの若さで審判をやる人間は、珍しかったんです。

栃木県のサッカー協会に顔を出せば、「よく来た!」と期待をかけられ、研修会やJリーグにも呼んでいただき、「期待の新人」と推していただけました。審判をやってみるとおもしろいし、これだけ期待をかけられたら誰でもやる気になっちゃいますよね(笑)。

審判って、とにかく難しいんです。やってみると、うまくいかないことが必ずあります。試合が終わった後に必ず反省会をしていたんですが、指導者が「次はこうしてみたら?」とアドバイスをくれるので、試合をイメージして、「次はこうしよう」と楽しみになる。それをくり返し、続けてきました。スポーツと同じ感覚で、だんだんのめり込んでいったのです。

ワールドカップまでの道のり

― ジャッジをするうえで、一番気をつけているのはどのようなことでしょうか。

「主審をいかに助けるか」ということです。われわれアシスタントレフェリー(副審)が行うのは、試合のアシスタントではなく、「主審」のアシスタントです。主審が試合をコントロールするのを助ける役割ですから、行動、合図、すべてが「主審のためになっているか」が基準となります。

相樂亨さん

― 主審の西村さんとは、いつから組まれているのですか。また、ワールドカップの審判は、どのように選ばれたのでしょうか。

西村さんとは、2007年から組んでいます。Jリーグではほかの人と組むこともありますが、海外に出るときは西村さんです。

ワールドカップに行けるとわかったのは今年(2010年)の1月でしたが、ここまでの道のりは、2007年から始まっていました。FIFAは17歳以下・20歳以下のワールドカップを2年ごとに開催しています。2007年と2009年が、審判にとっての予選でした。そこでの出来ばえをみられるのです。このほかに、クラブチーム世界一を決めるクラブワールドカップもあります。その中で、初めは60組以上いた候補から、3年間かけて30組が選ばれました。ですから、急に選ばれたというわけではなく、予選を終えるたびに「残った...」とホッとしてきた感じです。

今回のワールドカップは終わりました。次の2014年に開催されるブラジルワールドカップに向けて、また1からのスタートです。

― ワールドカップに行かれる前に、抱負として「MADE IN JAPANの品質」と書かれていましたね。審判の「品質」とは、どういうものですか?

相樂亨さん

副審の品質は、正しいポジションと正しい判断、これに尽きます。ラインが明確なので、「自分の基準」はなく、正解・不正解がはっきりわかるのです。だからこそ高い品質、正確性を求められますし、エラーから逃れられません。

海外でよいものをたとえるときには、「MADE IN JAPAN」と言います。値段も高いけれど、品質も高い。買いたいし、かっこいい。ですから、私も難しい判定を「うまい」とほめられたときは、必ず「MADE IN JAPANだからね!」と答えています。

中小企業診断士になったワケ

― プロ副審というプロフェッショナルな仕事をお持ちの相樂さんが、なぜ中小企業診断士を目指されたのでしょうか。

以前は、金融機関で勤務しながら、Jリーグで審判を務め、うまく両立できていました。けれどもその後、国際審判員になれそうという話をいただき、それを目指すことに決めました。Jリーグは年間35試合程度なので両立できましたが、国際審判員となると年間100日くらい海外に行くこととなり、もう両立はできません。

そこで、会社を辞めても何とか食っていける資格を取ろうと思い、中小企業診断士になりました。金融機関の仕事もおもしろいと思っていたので、つながりのある仕事をと考えたのです。

― (社)中小企業診断協会栃木県支部での原稿執筆や、勉強会に参加されているほかには、中小企業診断士としてどのような活動をされていますか。

金融機関からの依頼で、経営改善計画書を2、3度つくった程度です。審判が終わってからのキャリアも考えているので、これからも年1回くらいずつは続けてやっていこうと思っています。

(つづく)

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相樂 亨(さがら とおる)
財団法人日本サッカー協会プロ審判員。国際審判員(アシスタントレフェリー)。中小企業診断士。1976年栃木県出身。金融機関に勤務しながら、Jリーグ審判(副審)として活躍(金融機関は2006年に退職)。2007年国際審判員(副審)登録。2009年1月日本サッカー協会と契約し、アジア初のプロ副審となる。同年4月中小企業診断士登録。