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勤務先での資格の活かし方

がんばる企業内診断士

気仙沼復興支援プロジェクト「できることから始めよう」

文:松崎 隆則(中小企業診断士)

【第3回】企業訪問―復興へのそれぞれの取組み

最終回となる今回は、気仙沼で被災された業種の異なる企業3社からうかがった、復興への取組みと今後の課題についてお伝えします。

イノベーションにより品質向上に成功した老舗企業―株式会社男山本店(清酒製造業)

菅原昭彦代表取締役
菅原昭彦代表取締役

株式会社男山本店は、創業大正元年の老舗の清酒製造業です。商工会議所副会頭を兼務されている菅原昭彦代表取締役にお話をうかがいました。

当社は、震災で国の登録有形文化財である本社屋(小売店舗)の1、2階と倉庫が全壊となりました。幸い酒蔵は被害を免れ、「気仙沼の生産設備を守る」、「残った生産設備を絶やさないでほしい」という多くの人々の思いもあり、発電機を借りて軽油の提供を受け、震災翌日には操業を再開しました。会社再建にあたり、菅原社長は社員全員に「会社は存続させる。解雇はしない」と宣言し、そのための3つの条件を伝えました。

1.ゼロベースで考えること。従来の顧客は地元が8割、うち8割が被災したので、6割の顧客を失った。会社が変わる機会と捉え、新しい会社を創ろう。変わるチャンスをもらったと考えよう。

2.朝令暮改になる。非常事態なので変化が激しい。自ら情報をとり、臨機応変に対応すること。

3.雇用を守るための条件として、全員日給制に変える。

震災という非常事態に遭遇し、老舗企業が組織変革を行うことにより、従業員の意識は大きく変化しました。昨年はテレビ中継の効果もあって注文が殺到し、在庫が少なくなったため、従来より2ヵ月早い仕込みをせざるを得ない事態になりました。そんな中、暑い過酷な状況下で設備を創意工夫したこと、また震災後も酒を出荷できたという体験が社員のモチベーションをアップさせたことで清酒の品質は向上し、平成24年全国新酒鑑評会金賞を受賞することができました。菅原社長は「社員全員、それぞれに環境は違うが、震災後も仕事があることに希望を持たせたい。社員が何かにチャレンジできるようになってきた。社員1人ひとりの資質を高めることが企業財産だと思う」と語られています。

【今後の課題】

一方で、商工会議所副会頭として、気仙沼復興に今後何が必要かをうかがいました。

菅原社長は、「被災地支援で大切なことは2つで、物理的支援として資金、またモノ以上に技術、情報、知識、アイデアが重要な中、気仙沼地域ではようやく提案を受けるキャパシティが増えてきている。さらに、心を支える支援として支援する側、される側という関係を超えて双方が成長し合える関係づくりが必要で、この地で実験でもよいので一緒に取組んで事業を始めたい。目標が見えてくれば希望が見え、未来が開けてくる」と話されています。私たちは今後、研究開発型企業誘致のコーディネートを検討していきたいと考えています。

情報発信により、人間関係構築を重視する企業―マルトヨ食品株式会社(水産食料品製造業)

マルトヨ食品
マルトヨ食品さんとメンバー

マルトヨ食品株式会社は創業昭和26年で、平成5年に農林水産祭において当社商品「さんまくん」が、水産加工品としては初めて「天皇杯」を受賞した地元の優良企業です。今回は、清水徹二代表取締役社長、清水浩司取締役営業部長にお話をうかがいました。

当社一帯の鹿折地区は、震災で壊滅的な被害を受けました。当社も事務所、各種加工施設数ヵ所が全壊し、被害総額は2億円以上にのぼります。平成23年12月から残された工場の修復、加工施設の一部再開、また平成24年4月から乾燥施設、乾燥装置の回復ができたことで、設備については7割程度復旧していますが、本格復旧にはあと5年は要する見込みです。そんな中、当社は平成24年1月からインターネット販売用のホームページを準備し、同年7月にはインターネット販売用および惣菜の新商品開発、販売を開始しています。いままではバイヤー相手の仕事でしたが、震災を機にホームページやFacebookを活用した情報発信を続け、エンドユーザーと直接コミュニケーションをとっていくよう、方針を変更しました。

清水浩司取締役営業部長は、「人づくりが復興のキーワード。いまは被災地だから気仙沼を見てくれていますが、いつまでも続きませんし、受け身ではダメです。情報を発信し、人間関係を築いたうえで、友だちだからいつまでも見守っていてくれるという関係が大事だと思います」と語られています。

当社は、ミュージックセキュリティーズ(株)の被災地応援ファンドを利用されています。ファンドと契約するためには、財務内容等すべてを投資家に公開しなければなりません。しかし、すべてをオープンにすることで、エンドユーザーとの人間関係を構築できると考え、ファンドを利用することにしました。こうして、震災を機に「BtoB」から「BtoC」に方針変換し、人間関係のつながりを拡大して、当社と気仙沼の産業復興に尽力されています。

【今後の課題】

現在、設備は7割程度復旧していますが、売上高はそこまで回復していない状況です。私たちは今後、財務改善支援や企業ストーリーの作成等、当社を広く知ってもらうための支援、販路拡大支援を検討していきたいと考えています。

「気仙沼復興印刷隊」を組織し、地元に情報発信している企業―有限会社阿部印刷(印刷業)

阿部印刷
阿部印刷さんとメンバー

最後に、「気仙沼復興マガジン」を発行されている有限会社阿部印刷の阿部孝市代表取締役社長にお話をうかがいました。

当社は創業昭和元年で、印刷工程をすべて内製化し、事業を展開しておられました。しかし、震災で1階の事務所・印刷工場・製本室が破壊され、内製化していた約3億円の設備が全損する被害を受けます。幸いにも、軽印刷に使用できるオンデマンドカラー複写機や大判プリンター等は無事で、社長が卒業した日本プリンティングアカデミーのOB、同期生からの支援を受け、印刷製本を外注することで事業を再開しました。とは言え、年商は以前の2割程度に落ち込み、社員を2名に削減せざるを得ない状況に陥りました。

そのような状況の中、阿部社長は「印刷業は情報発信業だ」とし、街の復興にまず必要なものは何かを考え、地域復興状況を定期的に伝えることで街を、企業を元気にしていこうと、同業5社と協力して「週刊気仙沼復興マガジン」を創刊されました。平成23年5月から始めて、現在で計36号を発信し、当初はお店の再開情報を掲載していましたが、現在では街のさまざまな情報を提供しています。

【今後の課題】

阿部社長は今後の課題として、以下の点を認識されています。

1.「気仙沼復興マガジン」は有料の雑誌にしたいが、まだそのような状況ではなく、無料で配布している。用紙・制作費はすべて自費でまかなっている。

2.現状は市のキャラクターである「ホヤぼーや」グッズの制作が売上の中心となっている。

3.今後は当社を企画開発型企業にし、被災した1階を「ホヤぼーや気仙沼工場」として再生して、クリエイターによる作品づくりやグッズ制作の場所として提供するなど、気仙沼からの情報発信基地としたい。

阿部社長は、新しい気仙沼をつくり、「こういう仕事を始めています」と伝えることが支援に対するお礼と考えていらっしゃいます。私たちは今後、震災に関連した商品ではなく、全国で顧客が買いたいと思うような商品の提案支援や外部委託先の紹介支援、販路拡大支援を検討していきたいと考えています。

(おわり)