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独立直後の診断士をレポート

駆け出し診断士の奮闘記

<駆け出し診断士の奮闘記(10)>-特別編:杉本健志さん-

取材・文:平井 彩子(中小企業診断士)

【第2回】現役のまま現役に突入しよう

取材日:2015年7月16日

第2回は、独立の経緯と、コンサルタントとしての仕事をどのように獲得していったかについてお話しいただきました。

―独立の決意はどのように固められたのでしょうか。

長男が大学院を卒業して司法試験に合格し、続いて長女が大学に入学して、かっこよく言うとライフステージが変わった、わかりやすく言えば学費の目処が立ったため、私も好きなことをやっていいのではと思うようになりました。

中小企業診断士の勉強をしていたときに、漠然と「これまでとても楽しい会社人生だったけれど、自分はこのままでいいのだろうか」と思っていましたので、そろそろコトを起こす時期なのではと思ったこともきっかけの1つです。

さらには、その思いと同時期に、早期退職制度の対象者に年次と役職で一括ピックアップされました。会社からは慰留されたのですが、かえって"まだまだ現役で働けることを会社が認めてくれたのだな"とわかり、この状態のまま次のスタートを迎えたいと思って退職を決意しました。

―ご家族の反応はいかがでしたか。

会社を辞める前に、家族会議をしました。子どもたちは、「お父さんがやりたいことをやればいい」と言ってくれました。妻は「大丈夫?」と心配そうでしたので、そこは「大丈夫」と嘘をつきましたが、いまでもたまにそのことを突っ込まれてしまいます(笑)。

―いよいよ退職しましたね。

2012年12月31日をもって退職しました。その数日前の仕事納めで、社長が「現役のまま現役に突入してもらうことが良いと考え、見送ることにしました」と挨拶してくれました。中小企業診断士の試験前も合格後も、会社には報告していませんでしたので、退職の挨拶をするときに、周囲は「この人、独立してどうするのだろう」という目で見ていましたが、「2、3年前に中小企業診断士の資格を取得しました。これで食べていく予定です」と言いました。

翌年1月から何をしようかと楽しくてたまらなかったのですが、すぐに仕事があるわけでもありませんので、3カ月くらいかけて自分の棚卸しをしようと思っていました。ところが、年賀状で受験校時代の仲間や古くからの友人に挨拶をしたところ、すぐにさまざまな仕事を紹介してもらえ、棚卸しをする時間がなくなるほどでした。

まず2013年に入ってすぐ、戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン)の評価員をしました。いきなり難しい仕事でしたね。製造業を中心に経営者の方々が2、3人いらして、プレゼンと質疑応答をする場です。事業評価を中小企業診断士などが、技術評価を大学の先生などの専門家が行います。補助事業の進捗状況が適正に進んでいるかどうかを評価しました。中間報告や最終報告で適正でないと補助金は出ません。私も事業化の評価を15社くらい実施させていただきましたが、大変良い勉強になりました。

そういえば、その場所が市ヶ谷で、年末まで勤めていた会社の2軒くらい隣だったんです。普段スーツを着たことのなかった私が、挨拶がてらスーツを着て現れるものだから、以前の会社の人たちはみんなびっくりしていましたよ(笑)。

―では、棚卸しはできなかったのですね。

そうなのです。そんなことを言っている場合ではなくなりました。続いて2~3月くらいには、「いままでの会社運営にはない、新しい事業計画を立ててみたい。その応援に来てもらえませんか」と前の会社のつながりで民間の会社から支援依頼がありました。

―その後は、どのような仕事をされましたか。

そうこうしているうちに、次の仕事がきました。私にお呼びがかかる企業は、ショービジネスに近いものが多く、このときは受験校時代に一緒に勉強した金融機関勤務の方からのご紹介でした。ライブハウスやレコーディングスタジオを経営している2代目経営者からの、経営改善をしたいというご相談でしたので、改善支援をしながら金融機関への通訳のようなことをしていました。

次は海外の中古ピアノの販売業です。新品で買えば1,000~2,000万円のものが、中古でも500~700万円します。そこは事業再生でしたので、大変苦労しました。そのほかにも劇団、ペットポータルサイト事業会社、音楽プロダクションなども支援しました。

これらの支援の幾つかは「経営変革アシストプログラム」の専門家として行いました。また、川崎市産業振興財団にも専門家として登録をいただき、いくつかの企業の支援に携わらせていただきました。新サービス開発分野で言えば、部屋の掃除などを手掛けるホームサービス業者がありました。差別化をするために、遺品整理や孤独死の方などのお宅のクリーニングを手掛けています。

なかなか宣伝はできませんが、川崎市産業振興財団では応援したいと頭を悩ませていました。そこで、「遺品になる前に、生前整理を打ち出せば良いのではないか」というご提案をしたところ好評で、メディアにも取り上げてもらえました。新サービスの開発とメディアの活用と、得意分野を活かせました。

(つづく)

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