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独立直後の診断士をレポート

駆け出し診断士の奮闘記

<駆け出し診断士の奮闘記(9)>

文:川橋 隆則(中小企業診断士)

【第1回】ひょんなきっかけで始まった受験生活と、創業に至るまで

いま、こうして執筆をさせていただいている自分の姿は、5年ほど前までは想像もつかず、改めてさまざまなご縁やご指導を頂戴していることを実感します。拙い文章ではありますが、独立をお考えの中小企業診断士や受験生の皆様にお読みいただき、少しでもお役に立てれば嬉しく思います。

少し変わった職務経歴

最初に少し自己紹介をします。
私が他の人と少し異なるのは、これまでの職務経歴です。社会人のスタートは関西にあるホテルで、喫茶・ショップ用のケーキやコース料理・宴会のデザート、パンなどを調理するパティシエおよびパン職人でした。


その後、営業職とプログラマ・システムエンジニアを経て中小企業診断士になりました。「システム系診断士」はたまにお見かけしますが、「パティシエ診断士」は私だけかもしれません。

中小企業診断士になるまで

中小企業診断士になりたいと考え始めたのは32歳の頃です。当時は転職した直後で、何か経営に関する知識を身につけて業務範囲を広げたいと思っていたときに、仲の良かった前職の同僚と久しぶりに会食する機会がありました。そこで彼が「ファイナンシャルプランナー3級を学習している」と言ったことから、初めは「私も何か勉強してみようかな」という軽い感覚でした(学習のボリュームがまったく違うことには後で気づくのですが…)。


勉強を始めた当時は、生産管理システムのパッケージ開発および研究を行う事業部に所属していました。まずは開発者として生産管理システムのパッケージを作り、コンサルタントの立場で中小製造業のお客様に対して導入支援や運用支援を行い、それを通じて製品にフィードバックしていきたいと考えていました。


しかし、開発半ばでリーマン・ショックの影響で研究開発がストップしてしまいます。そして東京へ赴任するのですが、東京では中小企業向けの生産管理システムではなく、大企業向けの人事労務管理システムの品質評価を行うことになりました。


勉強については、それまでは通信だったものを東京に来てからは通学に切り替え、本格的に取り組みました。そして、勉強開始から3年後の2011(平成23)年の試験に合格し、翌年4月に診断士登録を行いました。

実務補習での1コマ。商店街の提言を2班合同で行った(前列右端が筆者)
実務補習での1コマ。商店街の提言を2班合同で行った(前列右端が筆者)

診断士登録後

こうして私は企業内診断士となったわけですが、社内では人事労務システムの保守・運用に関するコンサルタントとしてお客様先を訪問させていただく機会が増えました。製品を作る側の視点から、お客様の業務に合わせて仮説を立てて提案し、それをシステムで実現できたことで業務範囲は確実に広がりました。


また社外では、診断士試験の受験校で2次試験に関する講義や作問、添削を行う講師として活動することになりました。初めての授業はマーケティング事例のワンポイント解説でしたが、45分で終えなければならないところを65分かかってしまうという前代未聞のタイムオーバーをしてしまいました。


落ち込む私を「内容はとても良かったから、あとは時間を気にしてね」と激励してくださった先輩講師の言葉をよく覚えています。こうした経験を経て私はいまも講師として2次試験全般の指導をさせていただいています。

受験校のファイナンス講義にて
受験校のファイナンス講義にて

独立のきっかけ

企業内診断士になって3年目の2014年のある日、一緒に会社を設立することになる同期の中小企業診断士と飲みに行く機会がありました。
私と彼の出会いは合格直後のある執筆プロジェクトでした。そこで意気投合した私たちは、いつものように自分たちで立ち上げたプロジェクトの進捗について打ち合わせをしていました。


すると突然、彼が「今年10月に会社を設立するので、一緒にやらないか」という思わぬ話を持ちかけてきたのです。ちなみに彼は、2013年から独立診断士として活動していました。そしてこの飲みの場をきっかけに、私の独立診断士としての活動が始まったのでした。

(つづく)

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