経営コンサルタントの国家資格”中小企業診断士”の情報が満載です。 中小企業診断士の広場

中小企業診断士の広場

独立直後の診断士をレポート

駆け出し診断士の奮闘記

<駆け出し診断士の奮闘記(3)>

文:上野 光夫(中小企業診断士)

【第1回】「夢を夢で終わらせてはいけない!」[2]

独立開業への思いを強めていった10年間

金融機関の仕事で診断士資格は役に立ったか

マスターコースでのプレゼン練習
マスターコースでのプレゼン練習

私は、大学卒業後に日本政策金融公庫に入り、2011年3月に退職するまで、26年間にわたって勤務しました。もっとも長く携わったのは、中小企業やこれから創業する人に融資を行う仕事でした。正確に言うと、融資を申し込んできた人について、「融資して大丈夫か」という審査をする仕事です。

「診断士の資格が役に立ったか」という観点で振り返ると、中小企業に関する「目利き力」が備わったような気がします。一般的に金融機関の担当者が陥りやすい、「財務諸表等の数字だけで企業の良し悪しを判断しようとする姿勢」ではなく、企業の定性面(経営者の能力、技術力、企業の存立基盤等)をしっかり見極めたうえで、融資の可否の判断ができるようになったということです。

私は以前、融資の審査という仕事について、「誰にでもできる簡単な仕事」と思っていましたが、中小企業診断士の視点を持ちながら長年経験すると、「やればやるほど奥が深いもの」という考えに変わりました。「中小企業の維持力や返済力は、見かけだけではわからない」ことを、強く認識したからです。金融機関の審査という仕事においても、診断士養成課程の勉強で培ったノウハウは非常に有効だと思います。

しかし、中小企業診断士の本来業務である「経営のコンサルティング」については、金融機関の業務ではほとんど実践する機会がありませんでした。いまでこそ、金融庁の監督指針で「金融機関がコンサルティング機能を発揮すべき」とされていますが、以前はまったくと言っていいほどそういった話はなかったものです。そのため、私はときどき、「中小企業診断士らしく、コンサルティングもやりたいなぁ」と思っていました。

更新研修のたびに思い出した「独立」の2文字

一度は独立開業を断念した私ですが、診断士資格を維持するために毎年、更新研修に参加し続けました。研修に参加し、プロコンサルタントとして活躍している方の講義を受けるといつも、「自分もいつかは独立したいなぁ」と思うのですが、2~3日経つと、その思いが消え去っていくということをくり返していました。

ところが、40代にさしかかったある日のこと、融資という形だけで中小企業支援をしていることを、何となくもどかしく感じるようになってきました。「金融機関を飛び出して、もっと突っ込んだ中小企業支援をしたい」と考えるようになったのです。それでも、会社の仕事にはやりがいがあり、月末の打ち上げで感じる達成感や連帯感等、サラリーマンならではの喜びもあり、独立に踏み切れないまま年月が経過していきました。

若手診断士の活躍が背中を押してくれた

独立願望が決定的に顕在化したのは、2008年、45歳のときです。独立している中小企業診断士のウェブサイトやブログを見ると、自分よりもずっと若い30代の皆さんが、バリバリ活躍しているではありませんか! 私は焦りました。「このまま歳を食っていったら、独立の夢が夢で終わってしまう」と。

その日から私は、本格的に独立の準備を開始しました。ネットを見まくり、独立開業に関する本を読みあさり、さまざまな人に会いに出かけたのです。そして、「2011年4月1日には独立開業するぞ!」と、独立の日を決めました。当時は故郷の鹿児島支店に勤めていましたが、毎月1~2回は東京に出向き、プロコンサルタントの中小企業診断士の方に会い、セミナー等にも参加して人脈形成に努めたのです。

最初に相談した方からは、独立して成功するために重要なポイントを、惜しげもなく教えていただきました。具体的には、「専門分野を明確にする方法」、「仕事の受注方法」等です。また、「独立して成功したいなら、失業保険(雇用保険の失業給付)はもらうな」というびっくり仰天の教えもありました。「背水の陣の覚悟が必要」という意味で捉えた私は、この教えを忠実に守り、退職後も失業保険は申請しませんでした(かなり後悔はしましたが...)。

2010年6月からは、(社)中小企業診断協会東京支部の「夢をカナエル! プロコン養成マスターコース」に参加しました。月1回の講義を受けて、独立するためのスキルを磨こうと思ったからです。このマスターコースでは、多くのことを学んだばかりでなく、人脈もできました。しかも、(株)同友館が発行している『月刊企業診断』(2011年3月号)では、特集記事「新しい創業支援のカタチ」の企画・執筆を担当することもできたのです。

ついに独立開業を果たす

そして2011年の3月末、26年間勤務した日本政策金融公庫を退職しました。振り返ると、楽しかったことやつらかったこと等、さまざまなことが走馬灯のように思い出されました。

当時は、10ヵ所目の勤務地となった福岡支店に勤務していましたが、支店のメンバーがすばらしい人たちで、名残惜しい気持ちもありました。最終日は、私の部下だった若手職員たちが送別会を開催してくれ、感謝の気持ちでいっぱいでした。

開業する場所については、「故郷の鹿児島にするか、福岡にするか、東京にするか...」とかなり悩みましたが、「首都圏でやってみたい」という思いから、東京を選びました。そして、まだ震災の影響が根強く残っていた東京へと向かったのでした。

<< [ 1 ][ 2 ]

(つづく)

【関連サイト】

【こちらもオススメ!】

※独立・開業したい人に役立つ情報が掲載されています。