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独立直後の診断士をレポート

駆け出し診断士の奮闘記

<駆け出し診断士の奮闘記(2)>

文:村上 知也(中小企業診断士)

【第1回】「独立のきっかけは、どうしたら見つかる?」

中小企業診断士を目指すきっかけは、人それぞれである。そしてそれは、独立を考える際にも同じことが言える。

10年前

村上知也さん

知也は焦っていた。「今年は売上目標、行きそうもないなあ」

去年までは、既存顧客の大型プロジェクトの営業担当であり、顧客のもとに日参していれば自然と売上は上がった。しかし、プロジェクトも終わりを迎え、今年は新しくできた建設業担当の営業チームに配属されたのだ。業界のことはわからない、売れ筋商品も自社には存在しない。まるで、武器なしで最前線に放り出された感じである。このまま地道に営業していても、先は見えない。

知也がマネージャーらと相談し、「業界向けの新しい武器をつくろう」という結論に達するのに、時間はかからなかった。その後、建設業向けのプロジェクト管理ASP※サービスを立ち上げ、販売開始までに約1年の月日を要した。そしてこのとき、初めてマーケティングというものに触れることとなった。

(※ASP:Application Service Provider。インターネット上で提供されるサービスのこと)

新サービスを立ち上げるプロジェクトの中で、市場調査を行い、サービス仕様・価格や販路を決め、実際に製造をして、プロモーション・販売活動と一連のサイクルを体感できた。この経験は、知也にとって大きかった。営業や開発のことを知り、会社の業務をわかった気になっていたが、会社を動かし、新しい企画に取組んでいくには、それだけではまったく足りないと気づいたのだ。

経験も知識も足りない。せめて、部分的ではなく、もっと体系的な経営知識を身につけておきたい。これが、知也が中小企業診断士を目指すきっかけになった。

中小企業診断士の勉強は、楽しかった。しかし、学べば学ぶほど、新サービスの立ち上げ失敗を実感・痛感することになる。たとえば、新サービスのマーケティング戦略、特に流通戦略については、考えが浅かったことを思い知った。新サービスは、それなりに売れた。だがそれは、知也たち営業担当者が現地に赴き、商品のデモンストレーションや説明をした場合に限られた。このサービスは月額数千円で、営業担当者が訪問していてはコストが合わない。インターネット上で、自然に売れてくれる必要があるのだ。知也は、日々の徒労感にさいなまれながら、思った。「もっと前からマーケティングを学んでいたら、こんな状況にはならなかったのかもしれない」

だが結局、取り返すことはできなかった。2年を待たずしてサービスの提供は停止され、会社に大きな赤字を残した。

3年前

中小企業診断士の勉強を始めて6年。知也は5回目の受験でようやく、診断士資格を手にした。2次試験でこんなに苦戦するとは思っていなかったが、何度も落ちたことであらためて、自らの考え方やアウトプットを見直す良い機会になったのではないだろうか。

当初は、独立するための勉強ではなく、会社での力不足を補う自己啓発のための勉強だった。だが、徐々に学習の目的が変わってきた。これだけの広範な知識や思考を活かすには、大きな会社にいるより、もっと経営に近い場所にいるべきではないだろうか。まして知也は、6年間も勉強している。「これだけ人より勉強したのだから、独立診断士としても十分に力を発揮できるだろ?」と、楽天的なささやきも聞こえていた。

そして、こう考えるようになった。「独立したことがないから、独立してみるか」

1年半前

会社に副業届を出し、平日の夜などに診断士予備校の講師をして、土日はマスターコースやさまざまな研究会に通う日々。とは言え、会社の仕事もおろそかにするわけにはいかない。「診断士タイムが足りないなあ」

知也は診断士資格を取得して以来、独立を心に決めてはいたものの、なかなか踏ん切りがつかずにいた。「きっかけだよなあ。恋愛と同じで、独立もきっかけが重要に違いない」--そう思った知也は、先輩診断士たちに独立のきっかけを聞いてみた。

「会社の早期退職制度がちょうど実施されていたから」

「独立したほうが儲かるとわかったから」

「富士山を見に行って、その雄大さに心打たれたから」

やはり皆、それぞれにきっかけがある。「独立するからには、後世に語り継げるようなドラマチックなきっかけがないかなあ」。優柔不断で妄想癖のある知也は、さまざまなパターンを考えてみたが、どれも実現性に乏しい。そんな中、1本の電話があっさりと独立を決意させる。それは、先輩女性診断士の岡松さん(仮称)からの電話だった。

「もしもし」

「はい、村上です」

「村上さん、悪魔の電話してもいい?」

「はい? 何のことですか?」

「3ヵ月後に、1ヵ月間の研修講師の仕事があるんだけど、やる?」

「...もしかして、平日の昼間ですよね?」

「もちろんよ。平日、月~金で1ヵ月! 独立してないと、できないわねえ」

知也は悩む間もなく、「や、やる方向で検討します!」と魔女に答えていた。これが、知也が独立を決めた瞬間だった。そう、ドラマチックでも何でもなく、くるときはくる。

独立

独立を決めてからは、あっという間だった。両親に相談、いや報告し、上司と面談。先輩診断士にも報告したが、特に誰からも引き止められない。ちょっと寂しい。

でもそれは、自分自身の決意が固まっていることが伝わったからに違いない。あっという間に2ヵ月が過ぎ、退職の日を迎えた。こうして、IT会社での14年間は終わりを告げた。もっと感傷的なものかと思っていたが、そうでもなかった。その理由は、「研修講師の準備ができていない」から。すでに、診断士予備校での講義経験を積み、人前で話すのは大丈夫だろうと考えていたが、長期間にわたる研修企画は、もちろん初めてだった。

1ヵ月の研修の準備をするには、そもそも、どれくらいの期間を割り当てればいいんだろう。2時間のセミナーのリハーサルには、2時間かかる。ならば、この研修のリハーサルには、1ヵ月もかかってしまうのか。

また、研修テーマは「営業」、「マーケティング」、「企画」である。自分が経験してきた分野で、実行するには自信がある。だが、人に伝えるというのはもちろん、違うものだろう。

資料をつくっては、1人でロールプレイを実行し、ブツブツ自宅で練習する。「孤独だなあ。これが、独立というものか。今日、誰ともしゃべってないなあ。いやいや、自分とはたくさんしゃべったか...」

こうして、独り言だけが増えていく。そしてようやく、パワーポイントで300枚近い資料ができ上がった。後は、当日を迎えるだけだ。

そして、初仕事!

村上知也さん

今回は、再就職支援の研修コースだ。約20名の受講生の方々は、大半が知也より年上で、再就職支援の講座を約半年かけて受講する。受け持つ1ヵ月コースの前には、財務やIT、不動産業務を学ぶなど、さまざまな内容を体験されていた。

そしてついに、「営業」のコースが始まる。初日は、自分の営業経験を面白おかしく語るところから。つかみはOKだろう。

だが、山場は早くも2日目にやってきた。営業研修なので、ロールプレイングは必須。グループ分けをし、それぞれでロールプレイをやってみようというあたりから、雲行きが怪しくなる。受講生の目が、みるみるうつろになっていく。

「私、ロールプレイとか苦手なんです」

「僕は、営業職での就職は考えてないんです」

「こんなことを習いたいんじゃない」

2日目の研修が終わり、次々と発生するクレーム。たしかに、研修を取り仕切るファシリテーション能力が高いとは言えず、そのことに不満があふれているのかもしれない。だがそれより、顧客のニーズに適合できていないコンテンツに問題があるんじゃないか。果たして、このまま続けてもいいのだろうか。

知也は決断する。6日間あった営業研修を、3日目で終えることにした。長くて時間のかかるロールプレイングなどはすべて省き、知識や経験談を伝え、短時間のワークだけに切り替える。3日目は、これが功を奏した。受講生は再び聞く気力を取り戻し、短いワークには積極的に参加してくれるようになった。

勘所をつかみ直してほっとする一方で、短縮した営業研修3日間の穴埋めと、それ以降の研修カリキュラムの組み直しが発生する。昼は講義、夜は翌々日くらいの講義カリキュラム作成といった、泥縄の作業が続く。

無限に続くのではと感じられる日々。手応えと自信はつかみつつも、着実に削られる体力。気づくと、1ヵ月が経っていた。ボツになった分を含めると、作成したパワーポイント資料は500枚にも及んでいた。でも、終わった。何とか大きな事故もなく、終えることができた。内容はともかく、終えられてよかった。

そして教室を出るとき、最年長の受講生の方からメッセージをもらう。「先生、まだまだ経験少なそうで、大変そうだなと思ったけど、一生懸命やっているのはわかったよ。就職に役立てられるかはわからないけどな(笑)。でも、ありがとな』

嬉しさと反省と感謝が入り交じる。「内容はともかく、とか思ってたいらダメだよな」--そう。最後まで聞いてくれる人がいるんだから、少しでも役立つ研修にしなければいけない。あらためて受講生の方々への感謝の念を感じつつ、1ヵ月に及ぶ初仕事は終わりを迎えた。

「成長したんだろうか?」。知也は、そう自分に問いかけながら、次の仕事へと向かう。

(つづく)