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独立直後の診断士をレポート

駆け出し診断士の奮闘記

<駆け出し診断士の奮闘記(1)>

文:岡田 憲政(中小企業診断士)

【第1回】「悩んだまま、立ち止まるのはやめよう!」

現状や将来への漠然とした不安を解消したくて出会った、中小企業診断士資格。学習していくうちに心境が変化した私は、当初は考えてもいなかった独立をすることになった。

中小企業診断士を目指した理由

★2004年9月某日 中小企業診断士資格受験を決意し、受験指導校に申し込み

私が「中小企業診断士になりたい」と思ったのは、30歳の頃でした。新卒でアパレルメーカーに入社し、一生懸命に仕事をしてきた自負はありましたが、「世間と比べて、自分の仕事の質はどうなのか?」という不安を感じたこと。加えて、転職する場合、35歳以下でないと厳しいと言われることから、「転職したいと思ったときの準備をしよう」と考えたことがきっかけです。

この「漠然とした不安」と「35歳限界説」の両方を解消してくれそうだったのが、中小企業診断士資格でした。でも、「中小企業診断士って、何かカッコよくないなぁ。大企業診断士という資格はないのかな?」というのが最初の印象でした。1~2年勉強して、合格したら次の道を考えようと思っていましたが、合格まで4年もかかることになるなんて、想像もしていませんでした(笑)。

学習期間中、運営管理の理解を深めたいと考え、社内で営業部門から製造部門に異動しました。でも、会社の業務に学習が活かせた一方で、自分の進むべき方向に迷いも生じてきました。学習を通じて視野が広がるとともに、「漠然とした不安」と「35歳限界説」に対する恐怖がさらに大きくなっていました。

「中小企業診断士1年目の会」(※)で幹事を務める
「中小企業診断士1年目の会」(※)
で幹事を務める

2008年、ようやく試験に合格し、翌年に登録してからは、将来的な独立のためにコンサルティングファームへの転職活動を行いましたが、思うような結果が得られませんでした。念願の中小企業診断士になれたにもかかわらず、自分の進むべき方向の迷いは大きくなる一方でした。それを解消しようと、(社)中小企業診断協会の活動や研究会、プロコン塾、マスターコース、異業種交流会など、目にとまったものにはすべて参加しました。交換した名刺は、1,000枚を超えていました。

このときは気づきませんでしたが、とにかく行動していたことが、後に活きているように思います。

※東京支部が登録1年目の会員の相互交流とネットワークづくりを目的に、毎年開催しているイベント。そのときの様子は、こちらにて確認できます。

独立までの経緯

★2010年5月25日 独立を決意し、上司に辞表を提出

「悩んだまま、立ち止まるのはやめよう!」―私が辞表を提出したのは、そう考えての決断でした。アパレルメーカーに約14年間勤め、営業・製造の各分野を経験し、充実した会社員生活を送ってきましたが、ここ数年、「やりたいことをやっている」という実感が持てませんでした。いまの会社で頑張るか、転職すべきか、独立すべきかと、迷いは解消されずにいました。

そんなとき、ある懇親会でこんなことがありました。「岡田さんは、独立するつもりなの?」と聞かれ、「2~3年後には独立したいですね」と応えたところ、「そんな感じだと、いつまでも独立しないでしょうね」と言われてしまったんです。笑いながら、「そうですかねぇ...」と応じましたが、内心、腹が立ちました(笑)。そして、家に帰ってからもずっと、そのことを思い返しているうちに、その人の言うとおりだと感じたんです。現状に不満を感じながらも、リスクを恐れて現状を変えようとしていなかったことに気づきました。独立するのが怖くて、そのための準備を本気で考えていませんでした。それをごまかすために、会社で頑張るか、転職すべきか、独立すべきかと悩んでいたように思います。こんな気持ちで仕事をしていては、お世話になった会社や同僚に失礼だし、もっと仕事で充実感を感じたいと思い、独立しようと考えるようになりました。

そこで父にも独立を相談したところ、「やってみればいい」とだけ言われました。あまりにもあっさりと言われたので、「えっ、何か言うことないの?」と聞き返しましたが、「だって、やりたいんだろ?」と...。この期に及んで、どこかで止められることを期待した部分もありましたが、ようやく独立する決心がつきました。

前述の懇親会の数日後、私は上司に辞表を提出しました。そんな調子で退職することにしたわけですから、食べていけるかどうかもわからない、無謀な独立と言えるかもしれません。

付け加えておきたいのですが、独立を美化するつもりはありません。企業内でも、独立でも、自分がやりたいことができるかどうかが重要だと思っています。

開業を迎えた日

★2010年10月1日 会社を退職し、開業する

有給休暇の消化もあり、実質的には8月1日から独立している状態でした。と言っても、クライアントのあてもなく独立していますので、仕事なんてありませんよね(笑)。

何をしていたかというと、前述の(社)中小企業診断協会の活動や研究会、プロコン塾、マスターコース、異業種交流会に、これまで以上に積極的に参加しました。損得など考えず、目の前にあるものすべてに参加しました。時間だけは、持て余すほどありましたから(笑)。

でも、積極的に活動をしていると、「これ、やってみる?」と声をかけていただくことが少しずつ出てくるんです。できる、できないなど考えず、すべて「やります」と手を挙げました。一度も断ったことはありません。このことは、実務補習でお世話になった先生に、「目の前にきたものは、全部捕まえなさい」とアドバイスをいただいたのがきっかけです。

報酬の有無にかかわらず、どんな仕事でも受けていましたが、何件かに1件は、必ず報酬につながりました。何とも表現しにくいですが、ご縁が仕事を運んできてくれるように思います。できるだけ多くの交流の場に参加し、どんな小さなきっかけにも手を挙げ続けていると、ご縁が広がっていくのを実感できました。

五反田にある共同事務所
五反田にある共同事務所。
6名の診断士でシェアしている
(まだ入居可能です)

しかしながら、どこにご縁があるかは、後になってみないとわからないものです。ですから私は、損得を考えず、目の前にきたものすべてを捕まえる姿勢を大事にすべきと考えるようになりました。そして、積極的に行動しているうちに、想像もしていなかった仕事に出会える喜びを、少しずつ味わえるようになっていきました。8月頃は、「本当にやっていけるのか?」という不安のほうが大きかったですが、10月には、「よし、やってやる!」という気持ちのほうが大きくなっていました。

この頃、自宅兼事務所と共同事務所の2つの拠点で仕事をするようになりました。売上もないのに分不相応とも考えましたが、共同事務所の立ち上げの話をいただいたこともご縁と考え、入居しました。結果的には、新たなご縁が生まれ、1人では考えられなかった仕事を得る機会に恵まれることになりました。

初めてのクライアント

★2010年10月13日 初めてのクライアントを訪問する

某財団から依頼を受け、私はアパレルメーカーのコンサルティングを行うことになりました。この仕事は、参加したセミナーで講義していただいた先生に、「仕事を紹介してください!」とお願いしたのがきっかけです。独立したばかりで必死でしたから、思いが通じたのだと思います。

私はアパレルメーカー出身ですから、経験がそのまま活かせることもあり、当日の打ち合わせはまったく緊張しませんでした。とにかく、自分のクライアントが目の前にいることが、うれしくて仕方ありませんでした。会社員時代は面倒に感じる場合もあったことが、立場が変わるとこんなにも感じ方が変わることに、自分自身も驚きました。

初めてのクライアントの展示会ブース
初めてのクライアントの展示会ブース。
販促物の改善支援をさせていただいた。

打ち合わせでは、10月から翌年3月という期間でやるべきことを提案しました。事前に、財務面の課題は明確になっていましたので、その課題にしたがって、(1)売上・在庫管理の改善、(2)生産リードタイムの短縮、(3)売場づくり・販促改善の3つに注力する提案を行いました。そして、WBS(作業分解図)を作成し、大枠の合意を得ることができました。このコンサルティングの仕事に取り組むようになったことで、「何とか食べていけそうだ」という自信を、少しずつ深めていくことができたように思います。

この頃から、都内某区の5号認定業務、某地方独立行政法人のアドバイザー、研修会社の登録講師など、仕事が広がり始めました。これらの仕事はすべて、多くの交流の場に参加し、損得を考えず、目の前にきたものを捕まえ続けた結果によるものでした。独立前から積極的に行動してきたからこそ、得られたものです。まだ十分な報酬がないながらも、「やりたいことができてきた!」と充実感を感じるようになっていました。

(つづく)