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(11)富山県編

取材・文:大石 幸紀(中小企業診断士)

【第2回】4業種を手がける中小企業診断士

取材日:2014年4月21日

事業承継することになった会社が、借入過多の再生企業だったら...。そうした経験を経て、再生の成功と中小企業診断士しての活躍を見事に両立されている丸亀徹さん。再生過程で得たものは、現在の中小企業支援にどのように活かされているのでしょうか。
 第2回は、富山県中小企業診断協会(以下、富山県協会)で若手理事として活躍する丸亀徹さんに伺いました。

中小企業支援のスタートは、自身が承継した企業から

― 丸亀さんが中小企業診断士になった経緯を教えてください。

丸亀理事
協会の若手として活躍する丸亀理事

大学を出て食品商社に就職し、6年間ほど、大阪および東京の百貨店を得意先として営業をしていました。その後、思うところがあって、中小企業の人事・経理のソフトウエア開発会社に営業として転職しました。業界が一変したのもありましたが、何より苦しかったのが、中小企業ゆえの知名度のなさです。食品商社時代は、誰もが知っている会社でしたので、初対面の取引先でもすぐに仕事へと話を進めていけます。それが転職先では、どれだけ良い商品やサービスであっても、どのような会社なのかを探るところからスタートするのが、非常に大変でした。

そこで、「会社に信用がないのなら、自分に信用をつけよう」と思って調べ始めたところ、中小企業診断士という資格が気になり始めました。当時、販売していた商品は企業におけるシステムで、顧客の求めるシステムを販売・構築するには、相手の業務を理解したうえで、顧客がどのようなシステムを構築したいかを確認しながら提案することが必要です。そのためには最低限の知識が必要で、その知識を身につけられることと、この資格が一番、業務に活かせることができ、さらに信用力もあると感じたことから勉強を始めました。診断士資格を取れば、会社から報奨金をもらえる、というのもあったのですが(笑)。1次試験には3回落ちましたが、2次試験は一発でクリアすることができ、31歳のときに中小企業診断士になりました。

― 資格を取得したことで、仕事を受注できるようになりましたか。

いえ、資格を取ったからと言って、仕事を受注できるようになったわけではありません。ただし、勉強の過程で得た知識が役に立ったことはあります。当時、結果を出せるようになった理由は、自分の業務知識や提案のスキルが向上したことのほうが大きかったように思いますね。中小企業であっても、自分のスキルを伸ばせば結果を出せる、という自信のようなものを得ることができました。

その頃、富山の妻の実家から、家業を継いでほしいという要望を受けます。勤めていたソフトウエア開発会社は、成長期で営業人員が少なく、今後もより高い役割を担うことになりそうだったのと、大企業からシステムを受注でき、自分としては今後の基盤となる売上高を作って結果も残せたという思いもあったため、良いタイミングと思い、妻の家業を継ぐことにしました。平成17(2005)年8月のことです。

― ご実家を継いだはずが、なぜ中小企業診断士として活動されることになるのでしょうか。

妻の実家は、不動産業と建築業を営んでいました。私は役員として入社し、初めてこの会社の財務諸表を見たのですが、再生が必要な状況で...。借入過多で、返済予定金額に対して半分しか返済の目処が立っていなかったのです。金融機関も追加融資を渋る中、まずはこの状況をどのように乗り切るか、というところから私の仕事はスタートしました。

最初に取り組んだのは、当時、不動産業と建築業で別々だった会社を合併したことでした。一方は、キャッシュ不足なのに損益計算書上の利益だけは出ている状態で、もう一方は、赤字で減価償却不足の状況でした。また、グループ内で会社間取引があり、収支に不透明さを感じたため、合併することで収支を一元化し、管理しやすい体制にしました。

次に行ったのが、返済条件の緩和要請です。合併により、収支および資産・債務などを統合する前提で、収支計画および返済計画を作成し、返済期間を倍に延ばす条件変更について、金融機関と交渉しました。借入本数についても、保有するビルの一室ごとで、内装のために借入を起こしている状態で、当時は70~80本の借入があったため、サブの金融機関に他行の債務を一本化してもらうことによる借入本数削減と返済元金緩和を要請し、実行していただきました。このとき、27年間の返済計画を策定しましたが、後から考えると、中小企業診断士として最初に作成した事業計画は、自社の再生計画でした。

金融機関にこのようなお願いをしているわけですから、当然、高い役員報酬は望めず、それは自身も同様です。ここで、私の27年間の灰色人生が確定してしまったわけです(笑)。しかし、それをあっさりと受け入れたくなかったので、人脈も特殊技術も資金もない自分が新たに事業として始められ、会社経営と並行してできるものとして思いついたのが、中小企業診断士の仕事でした。

スムーズな立ち上がりは協会のサポートがあったからこそ

― すさまじい経験をされたのですね。中小企業診断士としてのスタートは順調でしたか。

創業セミナーで講師を務める丸亀理事
創業セミナーで講師を務める丸亀理事

富山県協会には、富山に来てすぐに入会しましたが、仕事を始めたのは資金繰りも落ち着いた2年目頃からです。協会から最初に紹介していただいた仕事は、県内の製造業を回り、困っていることをヒアリングしてきたり、東京や名古屋、大阪で集めてきた情報を提供したり、県外企業とのマッチングをしたりといった製造業支援でした。これが、初めての中小企業診断士としての仕事です。

翌年になると、経営革新計画の策定や、県の事前審査を任せていただくようになり、徹底的に経営革新計画の仕事をやらせていただきました。事前審査で企業様にアドバイスをしていると、今度は「経営革新計画の策定方法を講演してほしい」という依頼が来ました。こうして講師をやるようになると、商工会議所、商工会、支援センターさんから、「会員企業の計画策定を支援してほしい」という紹介をいただくようになりました。その頃には、「経営革新計画が得意な中小企業診断士」というイメージを持っていただけるようになっていました。

次に、地域産業資源活用支援事業が出てきました。誰もやり方がわからない中、経営革新計画の流れで、私が県内の案件の8割程度を手がけるようになりました。その頃には結構収益も上がるようになり、ミニバブルのような状況でした。はじけるのも早かったですけれどね(笑)。

ただ、こうして一度、「事業計画の策定に強い」と認めていただけると、他の仕事でも声をかけていただけるようになり、仕事には事欠かなくなりました。創業塾が始まれば、全体のカリキュラムの策定から任せていただいたり、メイン講師として講義をしたり。流れに乗ってからは、加速度的にお話をいただけるようになり、とてもありがたいことだと思っています。

― まるで中小企業診断士のサクセス・ストーリーですね。

私が手がけたどの仕事も、藤井事務局長が道筋をつけてくれたものでした。経営革新計画の策定も、最初に手取り足取り、教えていただけたからできたのです。協会はありがたい組織で、感謝しています。協会に入っていなければ、元のきっかけからゼロだったでしょう。中小企業支援の枠組みが変化する中、その都度、コーディネーターやアドバイザーなどの役割も、協会経由で担当させていただいています。

― 最近は、どのような仕事を中心にされていますか。

丸亀理事が飲食店を運営するひみ番屋街
丸亀理事が飲食店を運営するひみ番屋街

少し毛色の変わった仕事ですが、氷見市の氷見漁港場外市場に、第三セクター方式で運営されている「ひみ番屋街」という商業施設があるのですが、その立ち上げ時からコンサルタントとして声をかけていただき、契約書の作成や資金調達などの支援をさせていただきました。また、商業施設内に温泉施設があり、そこで軽い食事もできるのですが、私自身が飲食店の経営を手がけることになりました。

当初、飲食店経営をすることは想定していませんでしたが、貸しビル業をやっており、空き店舗対策として将来的に直営する可能性もあることや、開店の手続き業務をひととおり経験しておくことは、コンサルティング業務においても絶対に役に立つと思って始めました。店頭で実際に調理し、また経営をしてみて感じたことは、理論として学んだことを実践する「難しさ」と「簡単さ」でした。コンサルタントの立場では簡単に言ってしまうことでも、現場ではそう簡単にできないことや、その逆に素人でも簡単にできてしまうこともありました。一番のスキルアップになるのは、やはり実体験です。

しかしながら、始めて1年半になりますが、不動産業と建築業、コンサルタントと飲食業と4業種を同時に手がけるのは、さすがに大変なものですね。

― 中小企業診断士としての仕事はいかがでしょうか。

昨年からは、金融機関さんや信用保証協会さんと協会の関係の中で、経営改善支援を多く手がけました。支援をしていて再生の流れができたり、多少なりともその企業様にプラスの影響が出始めたりすると、自信にもなりますし、面白みとやりがいを感じます。今後は、再生を支援する力を高められれば、と思っています。

再生支援をしていると、自分で財を築き、苦しんでいる会社があったら出資してどうにか立て直し、ある程度再生したら元に戻す、ということもやってみたくなります。「ここで100万円、200万円があれば、大きく違うのに...」という場面に立ち会うことがよくあるのです。不動産業と建設業の返済が進み、落ち着いたら取り組んでみたいと思っています。

中小企業診断士としての成功に大切なこと

― 富山県協会は、丸亀さんにとってどのような存在ですか。

自分がお世話になった分、これからも頼れる協会になってほしいと思い、私も理事をさせていただいています。私は、人の育成はあまり得意ではないので、自分が中小企業診断士として成長することで、「独立すればこうなれる」という姿を示したい、と思っています。「中小企業診断士は稼げる仕事です」と言えるようになる、ということです。後輩から、「この人になれるのなら、自分にもなれる」と思ってもらえるような存在になりたいですね。

― 富山県で独立を考えている方に、メッセージをお願いします。

すぐに成功できるほど甘くはありませんので、まずは頑張ってください、のひと言ですね。ただ1つ言えるとすれば、相手の話を汲み取れるようになることが、成功への一番の近道ではないかと思っています。

私たちの仕事は、お客様の商売があって初めて成り立つものです。その方々の意見をきちんと聞けること、引き出せること、壁を取り払えることが大事だと思います。中小企業診断士とは、最初は相手が身構えて話すような存在であることを忘れてはいけません。

それから、些細なことでも聞いていてわからないことは素直に聞き、知ったかぶりをしないことです。それができるコンサルタントや中小企業診断士は、なかなかいないのではないでしょうか。聞いたことは自身にとって経験になりますし、そこから新しいアイデアが生まれることもあるのです。

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(つづく)

【関連情報】

丸亀 徹(まるがめ とおる)
有限会社クリエーション代表取締役。大学卒業後、食品商社、ソフトウエア会社勤務を経て、平成17(2005)年3月中小企業診断士登録。地域資源活用などの事業計画策定支援を得意とする。

会社名 有限会社クリエーション
代表取締役 丸亀 徹
所在地 〒939-1358 富山県砺波市木下107
TEL 0763-33-1800