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地元に根付いた活動報告

地産地診

(5)沖縄県編

取材・文:宮澤 俊基(中小企業診断士)

【第3回】県外出身の中小企業診断士として、「食」をテーマに地域活性化に取り組む

取材日:2011年11月17日

「地産地診」コーナー・沖縄県編の最終回は、オフィスデイオフ代表の伊村睦男さんにお話をうかがいました。

窓口相談業務で中小企業の実態を知る

― 中小企業診断士になった経緯を教えてください。

伊村睦男さん

大学を卒業後、総合商社に入社し、食料部門でサケやイクラといった水産物を扱う仕事をしていました。入社8年目に中堅社員研修があり、そのときに診断士資格と出会います。仕事柄、関連会社が多く、海外の事業投融資案件も多かったので、体系的な経営知識を身につける必要性は感じていました。

社内研修では、当時の1次試験の8科目中、5科目のテキストが配付され、毎月1科目ごとにレポートを提出するよう、言われました。自分からやる気になって勉強したわけではありませんが、強制的ではあっても、せっかく5科目やりとげたのだから資格を取得したいと思い、あらためて専門学校の通信講座に申し込み、通勤時間や休日を使って1年間勉強したのです。1次試験があった8月は、ちょうどアラスカでサケ漁が本格化する時期で、試験時間中にも、電源をOFFにしていた私の携帯電話に、現地駐在員から何度も電話がかかってきていました。ですから、試験を受けて休み時間に仕入交渉をする形で、試験を受けていました。

そんな状況でしたので、まさか1次試験に合格するとは思わず、2次試験は時間との勝負でした。幸い、何とか1年で2次試験まで合格することができましたが、その後の実務補習がまた大変でした。当時は、電子メールがいまのように普及しておらず、2週間近く休みをとるのは、なかなかハードでしたね。「その日の実務補習の活動が終わった後と、休日に出勤する」という条件で上司を説得し、周りのサポート体制もとりつけ、何とか診断士登録をすることができました。

― 中小企業診断士として独立するに至った経緯を教えてください。

伊村睦男さん

入社前から、いずれは独立したいと考えていました。大きな転期になったのは、入社10年目です。部署の人事ローテーションの関係で、1年後に部門長として海外赴任する可能性が出てきました。非常に魅力的なポジションで、順調に行けば、帰国後は管理職です。しかし、日本に帰ってきたときに、安定した立場を捨て、まったく新しいことにチャレンジする気持ちが残っているのだろうかと自問自答しました。その頃、ちょうど友人たちが新しい事業をおこす話をしていて、その事業の立ち上げを手伝いたい気持ちもあり、いまを逃すと外に出る勇気が出ないという思いで退社を決意しました。

仕事柄、関連会社や取引先のトップマネジメントの方たちと経営的な話もしていましたので、コンサルティングという仕事には面白みを感じていました。ですので、いずれは独自でコンサルティングというか、経営診断のような仕事をしようという思いもありました。

― 中小企業診断士として最初に行った仕事は何ですか。

地元で長年、中小企業診断士をされている先生にご挨拶にうかがったとき、「区役所の窓口相談をやってみないか」という話をいただいたのが最初です。経営相談員として、窓口で中小企業の皆さんの経営相談に乗るわけですけれど、一番多いのが「制度融資を受けたい」という相談でした。それまで、窓口相談の仕事は一度もやったことがなかったので、戸惑うことも多かったですね。

最初に相談に来た会社は、「緊急融資を受けたい」と言ってきたのですが、決算書を見ると経営状態はあまりよくありません。「これは難しいぞ」と思いながら、どう対応すべきか、隣にいる別の相談員の先生にこっそりと教えていただいていました。この窓口業務が、本当の意味で、中小企業の実態を知る貴重な機会になりました。

皆が幸せになれる地域づくりを目指す

― 沖縄で仕事をするようになった経緯を教えてください。

伊村睦男さん

窓口相談の仕事をした後は、穀物メジャーやNPO等での仕事、知人の会社の支援を行っていました。これらの仕事はすべて、東京で行っていましたが、妻が沖縄出身ということもあり、以前から「いつかは沖縄に住もう」と話していました。そんなある日、妻が「そろそろ沖縄に帰りたい」と言い始め、自分の仕事を沖縄で見つけてきました。不安はありましたが、東京で行っていた仕事の一部は、月に何度か出張すればできるものでしたので、妻の意向を尊重して、思い切って沖縄に移住しました。私は神戸出身ですので、「ウチナー婿」(沖縄出身者の妻に連れられて、沖縄に移住してしまう県外出身の夫)なんですよ。それが平成22年のことです。平成23年6月までは、東京と沖縄を行ったり来たりしていましたが、何とか沖縄県内の仕事だけでも食べていける目途が立ちつつありますので、いまは沖縄にいることが多いですね。

― 県外出身の中小企業診断士として、沖縄で診断士業務を続けていくコツがあれば教えてください。

地方に行けば、その土地の空気感というか、その土地ならではの風土や物事の考え方、捉え方があると思います。西里支部長も言われていましたが、地域の特性をしっかりとつかんで、空気感に早く慣れることが大切なのではないかと思いますね。沖縄の場合は特に、人と人とのつながりが強く、いかに人的ネットワークと信頼関係を作り上げるかが重要だと思います。

正直なところ、こちらに来る前は、「沖縄で本当に中小企業診断士としての仕事があるのだろうか?」と不安でたまりませんでしたが、診断協会沖縄県支部は、組織的にしっかりとサポートしてくれる体制があり、西里支部長をはじめ、他の中小企業診断士の先生もさまざまな活躍の場を提供してくださるので、大変心強いです。

― 現在はどのようなお仕事をされていますか。

銘苅先生と同じように、中小企業支援ネットワーク事業のアドバイザーの仕事や、沖縄県の6次産業化プランナーとして活動しています。食品畑出身ですので、ハローワークの人材育成事業で農業実務コースの研修講師をしたり、(財)沖縄県産業振興公社の専門家としての相談業務、先輩診断士から紹介してもらった案件や、少しずつですが個人的なクライアントも開拓したりしています。あとは、東京都内でのコンサルティング案件があるときは出張しますし、NPO等のコミュニティビジネス関連の仕事もあります。業種・業態を問わず、自分の引き出しを多くする意味からも、できるだけさまざまな仕事を幅広く行っていますが、これまで働いてきた経験と自分の得意な分野として、「食べ物、輸出輸入、コミュニティビジネス」の3つが柱になっているとは思います。

― これからも、この3本柱を中心に活動されていくということですか。

そうですね。特に「食」をテーマにして、その3本柱を太くしていきたいです。個人的には、「自分自身がハッピーでいたい」という思いもありますが、身の回りの人が幸せになることが一番大切なことだと思っています。家族だけでなく、家族を取り巻く地域が幸せに包まれることが、後々には私自身の幸せにもつながると思っていますし、そうなるように仕事をしていきたいです。地域活性化というと大げさかもしれませんが、地域の皆が幸せになれるような取組みにかかわりたいですね。その手法として、コミュニュティビジネスや6次産業化があると思いますし、できれば「食」という切り口で、中小企業診断士の仕事を通じて、「皆が幸せになれる地域づくり」という自分自身の思いを実現していきたいです。

(おわり)

伊村 睦男(いむら むつお)
オフィスデイオフ代表。大学卒業後、総合商社、穀物メジャー、NPO等に勤務。1999年4月、中小企業診断士登録。コミュニティビジネスコーディネーターで、沖縄県6次産業化プランナーとしても活動中。ソーシャルビジネスや「食」を中心にしたビジネス、企業の海外展開支援を得意とする。

会社名 オフィスデイオフ
代表 伊村 睦男
所在地 沖縄県南風原町兼城340-305
E-MAIL officedayoff@gmail.com
TEL 098-889-4532
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