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地元に根付いた活動報告

地産地診

(5)沖縄県編

取材・文:宮澤 俊基(中小企業診断士)

【第1回】人的ネットワークを活用し、沖縄の発展を目指す

取材日:2011年11月17日

地域に根づいた活動を行う中小企業診断士の方々をご紹介する「地産地診」。その第5回は、沖縄県の皆様を取り上げます。トップバッターは、シー・エス・ディ・コンサルタンツ代表で、(社)中小企業診断協会沖縄県支部長を務められる西里喜明さんに、ご自身のご経歴と、(社)中小企業診断協会沖縄県支部の活動内容などについて、お話をうかがいました。

沖縄の独立診断士の先駆け

― 独立の経緯を教えてください。

西里喜明さん

大学を卒業後、35歳までは東京のコンサルティング会社でコンサルティングの仕事をしていました。60歳までには独立して、沖縄に戻りたいという思いを持っていましたが、まさか35歳で独立することになるとは思ってもいませんでした。

独立のきっかけとなったのは、ある大手企業で、沖縄県内にコンサルティング部門を新しく立ち上げたいという話が持ち上がったことです。しかし、その企業も沖縄でのコンサルティング経験はなかったので、県内出身者でコンサルティングの実務経験がある人を責任者にしたいと考えていました。そのような話が持ち上がったときに、さまざまなご縁が巡り巡って、私に声がかかったというわけです。私としても、将来的には沖縄に戻って仕事をしたいと考えていましたので、せっかくのお話でしたし、1つのチャンスと考えて沖縄に帰ってきました。

けれども、ここからが大変でしたね。いざ沖縄に帰ってきてみると、コンサルティング部門の新設がうまく進まず、結局、新設自体の話がなくなってしまいました。ですから、仕事があるという前提でコンサルティング会社を辞め、妻にも仕事を辞めてもらい、子どもたちの転校手続きもすべて終わっていたのに、無職になってしまったのです。実際のところ、望んで独立したというより、独立という道を選ぶしかなかったという言い方のほうが、私には合っているかもしれません。

― それはすごいお話ですね。急に仕事がなくなってしまった中で、どのようにお仕事を開拓していかれたのでしょうか。

西里喜明さん

私が独立した当初(平成5(1993)年)、県内で独立している中小企業診断士は3人だけでした。税理士はいましたが、中小企業診断士の知名度なんて、ほとんどありませんでしたね。外部の人間が会社のことを客観的に分析したり、助言したりするという概念すらありませんでしたので、民間企業に出向いて行っても、コンサルティングの契約なんて取れるはずもありません。ですので、最初の仕事はさまざまなツテを頼るところから始めました。

と言っても、十数年間沖縄から離れて仕事をしていたので、それほど多くのツテがあるわけではありません。最初は知人・先輩を頼って、中小企業団体中央会の組合員向けの研修や、商工会連合会・商工会議所等のセミナー・研修会等を担当させてもらいました。コンサルティング会社にいた頃から、社員教育の企画書はよく作っていましたから、いただいた研修も一度きりで終わりにするのでなく、横に広げたり縦に掘り下げたりとさまざまな企画を作り、提案していきましたね。そのかいあってか、その後も2年間くらいは研修の仕事を受注していくことができました。

― それまでに培ってこられたご経験が活かされた瞬間だったのですね。研修以外のお仕事は、どのように開拓されたのでしょうか。

独立2年目に、(財)沖縄県産業振興公社の小売商業研究員として、月に10日くらいの嘱託勤務をしたのがきっかけですね。そのときに、たまたま商工労働部からの依頼で企画書を作成し、沖縄県内の県立病院7ヵ所の経営診断をしました。もちろん、1人ではやりきれませんでしたので、当時の沖縄県支部長と一緒に半年くらいかけて経営診断をしました。

その後は、県や市の関連で、第三セクターの診断案件が立て続けに入ってきました。民間案件では、建設会社や自動車関連の会社、また沖縄という土地柄なのか、観光関連の会社からの依頼がありました。いま思い返してみると、独立して3年目くらいからは研修だけではなく、診断案件も徐々に増えてきたように思います。家族を抱えていても、「これなら食べていける」という目途が経ったのも、ちょうど3年目くらいからだと思います。

連携力を活かした中小企業支援を実践

― では、3年目以降は、コンサルティングも順調だったのですね。

西里喜明さん

すべてが順調だったわけではないですね。いくつかの会社のコンサルティングを始めたといっても、コンサルティングという土壌が沖縄県内に根づいていたわけではありませんでしたから。ですので、受注したのはよいけれども、経営者にコンサルティングというものを本質的に理解してもらうのに苦労しました。沖縄時間というのか、たとえば、13時に会社にうかがう約束をしていたのに、いざその時間にうかがってみると、社長はいない。当時は携帯電話がそれほど普及していたわけではありませんでしたから、社長が帰ってくるのをただひたすら待つしかないこともありました。コンサルティングをするといっても、そうした基本的なことから伝えていくことが必要でしたね。

沖縄と東京を比べてしまうと、コンサルティングにしても経営者の意識にしても、どうしても沖縄には遅れがあると思います。沖縄という島国ならではというか、土地柄、仕方のない部分があるのかもしれませんが、当時は20年くらいの遅れがあるように感じていました。その地域の中だけに固執してしまうと、どうしても外の世界を見ることができなくなってしまいますので、それは当然だと思います。

ですから私は、沖縄県内の会社がしっかりとしたビジョンを描き、そのビジョンを実現できるようにするためにも、できるだけ東京に出て最新の情報等を入手するようにしました。教科書的な知識も含め、できるだけ多くのことを吸収して沖縄に還元しようと思ったわけです。でも、実際に学んできたことを企業に当てはめようと思ったところで、教科書どおりの内容を伝えても9割方はうまくいかないし、その地域の特性に照らし合わせないと、どんなに優れた考え方も役に立たないわけです。

先ほど、沖縄は東京に比べて遅れている部分が多いと言いましたが、逆に横のつながりについては、東京と比べものにならないくらい広いと思います。業種を問わず、相互に連携する力は強いですね。沖縄県支部としては、そうした横のつながりをうまく活かして、企業に足りない部分を補完できるような取組みをしています。

― 地域の特性を活かして、県内企業のために活動されているのですね。沖縄県支部として、中小企業診断士に期待することを教えてください。

いまの支部には、(独)中小企業基盤整備機構の情報をはじめ、内閣府沖縄総合事務局・沖縄県・その他支援機関等から多くの情報が集まるようになっています。地方にとっては、中小企業支援施策は特に重要なものですから、その情報がリアルタイムで得られるのはとてもありがたいことです。支部としては、そうした施策もうまく活用しながら、できるかぎり中小企業診断士の仕事を広げていきたいですね。中小企業診断士の仕事は、その範囲に限界がないと思いますし、掘り起こせばどんどん仕事を作り出せると思います。県内には現在、93名の診断協会会員がいますが、一番若い独立診断士は30歳です。彼はまだ若いですけれど、頑張ってやっていますよ。ですので、私たちもできるかぎりバックアップしたいと思っています。

沖縄が発展していくためには、広い視点でアドバイスをできる人材が必要不可欠です。ですので、沖縄県内外を問わず、新しい血が入ってきてくれるのは大歓迎です。その人の特性に合わせた仕事があると思いますし、なければ職域をどんどん広げていけばいいと思います。自分の人生を考え、他人に影響を与える発言の重みをしっかりと受け止めてくれるのであれば、支部としても私個人としても、しっかりと支えていきたいと思います。その基盤とネットワークを作れるのであれば、私としても大変嬉しく思います。

(つづく)

西里 喜明(にしざと よしあき)
シー・エス・ディ・コンサルタンツ代表、(社)中小企業診断協会沖縄県支部長。
大学卒業後、大手コンサルファームで営業企画・コンサルタントを13年間経験後、平成5年9月、地元・沖縄県に戻って独立開業。「社会の成長に尽くす」、「企業の成長に尽くす」、「社員の成長に尽くす」を理念として掲げ、公共機関の専門家として、また民間のコンサルタントとして、各機関組織の活性化、およびやる気のある中小企業の成長・発展を支援している。

会社名 シー・エス・ディ・コンサルタンツ(Corporate strategy design consultants)
代表 西里 喜明
所在地 沖縄県那覇市古島1-32-2 普久原ビル2階
E-MAIL csd@sirius.ocn.ne.jp
TEL 098-882-3033
FAX 098-885-0910