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地元に根付いた活動報告

地産地診

【第3回】生まれ育ったこの地で、中小企業診断士として生きる
地産地診の心意気

取材日:2010年8月5日

取材にお集まりいただいた県内の中小企業診断士の方は、計5人。最終回の今回は、前回の西井さんに加え、馬場経営コンサルティングの馬場廣一さんにもお話を伺いました。

経営理念が多様な中小企業診断士を1つにする

石川県の中小企業診断士の皆さん
石川県の中小企業診断士の皆さん

西井:萩野が入社したのは、佐々木が1人で仕事がこなせるまでに成長してくれたおかげで、ちょうど3人目の仲間を求めていたところだったんです。中小企業診断士資格を活かして働きたい人が、当然のように就職できる環境が整ってこそ、本当の意味で中小企業診断士が職業として確立すると思っています。そして、中小企業から期待される中小企業診断士が増えてこそ、業界も活性化するでしょう。

中小企業診断士には、独占業務はありません。このことはマイナスではなく、人それぞれが異なった専門性を持つという点で、プラスだと考えています。多様性ゆえに、中小企業診断士が集まっても仕事がバッティングせず、協力してクライアントに貢献できるからです。

専門性が多様な中小企業診断士が集まって、一緒に仕事ができるかは、同じ理念を共有できるかどうかにかかっています。「経営者とともに悩み、苦しみ、そしてお互いに成長する」―この理念を共有した中小企業診断士が集い、組織となれば、中小企業診断士はもっとその存在感を示すことができると思います。佐々木、萩野の2名も、当社の経営理念に共感してくれたからこそ、迅技術経営に参加してくれたのでしょう。

生まれ育った地域で中小企業診断士として生きていくこと

― 最後になりましたが、馬場さんはどのような経緯で中小企業診断士になられたのでしょうか。

馬場廣一さん
馬場 廣一 さん

馬場:私は、2007年4月に中小企業診断士に登録し、5月に開業しました。それまでは、地元の大学院を出て、金属加工メーカーに勤めていました。製造現場、研究開発、ユーザー回り、日本、海外の展示会担当と、ひととおりの業務を経験しました。

メーカー勤務の頃、「製造現場では、従業員の方々が各工程でたくさんのノウハウやアイデアを持っているのに、それが全体に行き渡らないのは、すごくもったいない。現場の声を活かす仕組みがあれば、もっとよい製品がつくれるはずだ」と思っていたんですね。経営陣の立場からは、「思うような成果が上がらない」、現場の立場からは、「もっといい方法があるのに...」と、両者にみえない壁のようなものが存在していると感じていました。

当時、その会社には外部の顧問がいらっしゃったのですが、その方のアドバイスを経営者が受け入れているのをみて、経営者にものを伝えるには、社内からではなく社外から伝えたほうが効果的なのでは、と思うようになりました。そして、世の中には、実力があるのに十分発揮できていない企業がほかにもたくさんあるだろうから、外部の人間として企業とかかわる仕事ができればと思い、会社を辞めました。その後、中小企業診断士の存在を知ります。「これだ!」と思って受験に専念し、2年かけて合格しました。

― ずいぶん思い切りましたね。

馬場:父親が社会保険労務士でしたので、士業として家で仕事をするスタイルが、自分にとってそれほど特別なことではなかったのもあると思います。企業に勤めなくても生きていける方法を身近に知っていたので、特に不安はなかったですね。

― 開業後、どのようにお仕事を開拓されたのでしょう。

馬場:開業後、学歴からも職歴からも、コンサルタントの仕事ができる縁はありませんでした。実際に、中小企業診断士として活動している人に会ったことが、ほとんどなかったのです。とりあえず、中小企業診断協会石川県支部に入会すると、石川県支部の通常総会のお知らせがきました。出席してみると、そこには60人以上の中小企業診断士が集まっていて、それが先輩診断士の方々との出会いでした。

私は、全員と名刺交換をしました。その中には、来賓の中小企業支援機関の役員や職員の方もいらっしゃいました。その方々に、開業したばかりであることを告げると、後日訪ねてくるようにおっしゃっていただいたんです。

そこで、経歴書を持ってそれらの機関を回ったところ、いくつかの機関が仕事のチャンスを与えてくれました。そのほかにも、名刺交換をした先輩診断士の方から仕事の紹介があるなど、徐々にではありますが、仕事が増えてきました。

また2007年9月、(独)中小企業基盤整備機構北陸支部(現:北陸本部)での職の募集に応募したところ、採用されました。その後も、さまざまなアドバイザーやコーディネーターをやらせていただき、中小企業支援の仕事を学んでいきました。ですので、自分の場合は遠田さんと違って、行政関係の仕事の比率が高いですね。

― 石川県は、若手の中小企業診断士にもチャンスをくれる、そんな土地柄なのでしょうか。

馬場:ほかの地域のことはよく知りませんが、石川県が中小企業支援に熱心な県であることは、間違いありません。そして、行政機関や中小企業支援機関の方々が、支援の仲間として、中小企業診断士に期待してくれていることは強く感じます。だからこそ、チャンスを与えて若手を育成しようという意識も高いのかもしれません。

― 今後は、どのような分野でお仕事をしていかれる予定ですか。

馬場:中小企業支援機関の専門家として派遣された、ある企業の決算書をみせていただいた際、そこに社会保険労務士である父親の名前がみつかりました。偶然ですが、父のお客様だったんですね。自分が息子であることを告げると、社長さんの顔が一瞬で緩んで、ざっくばらんに悩み事を相談してくれるようになりました。この経験は、自分に大きな影響を与えました。

経営者の悩みやニーズは、本当に多様です。相談に乗るわれわれの知識が広ければ広いほど、ワンストップで中小企業のお役に立つことができます。企業を辞めたときは、社会保険労務士として父の跡を継ぐという考えはありませんでした。おそらく、継いでいても、甘えが出てうまくいかなかったと思います。

3年間、自分なりに中小企業診断士として活動してきて、私ならではの強みによって、中小企業を支援できるようになりました。そのうえで、もう1つの専門性として、社会保険労務士の知識を取得したいという思いが生まれつつあります。いままで父が支援してきた企業の中にも、優れた技術を持ちながら、財務やマーケティングの面で、自分をうまく表現できないところが多くあると思います。そのような企業をもっと幅広く支援することが、自分ならできるのではないかと、最近では思うようになりました。

― 生まれ育った地域で中小企業診断士として生きていくというのは、どういうことなのでしょう。

馬場:現在、私は、子どもの学校のPTA会長をしています。士業として地元密着で仕事をしていると、地域コミュニティの顔役を頼まれることも多いと思います。先祖代々の土地で中小企業診断士として生きていくというのは、中小企業診断士の業務と同様、こうした役割を引き受けることも大切です。これが結構、大変なんですけどね(笑)。

(おわり)

馬場 廣一(ばば こういち)
金属加工メーカーで製造現場、研究開発、プロモーション業務を経験。退職後、中小企業診断士資格を取得し、2007年独立。現在は、製造業を中心に生産管理、財務面のコンサルティングを実施。
「最近、窓口相談で情報系の事業者さんとお会いすることが多くなってきました。地方から新しいサービスを発信するお手伝いができればと思います」

名称 馬場経営コンサルティング
URL http://www.bb100.jp/