中小機構のナレッジリサーチ事業

産業集積における「内発的発展」に関する調査研究

−大田区の「柔軟な連結」の歴史的展開を事例として−

本報告書は、地域の「内発的発展」という問題関心を持って、大田区産業集積の事例を観察した。「内発的発展」とは、地域の参加者自らが主体となって、地域固有の資源蓄積の意味と活かし方を問い直しながら、地域が進んでいく未来展望と価値観を作り出していく発展のあり方のことである。大田区は、1960年代後半から1970年代にかけての環境の構造的変化に対応して、「柔軟な連結」のしくみを、地域の参加者が主体となった相互作用の中でしぶとくつくりだした地域である。その「柔軟な連結」が育った時代の過程と、1990年代に入って起きたさらなる環境の構造的変化の中で、「柔軟な連結」が自己疑問に葛藤している過程を、オーラル・ヒストリーの手法を利用しながらとらえ、「内発的発展」の持続の問題を考えようとした調査研究である。

「柔軟な連結」とは、不確実性・多様性の大きな需要条件・生産条件のもとでも、複数企業の結びつきの効果によって、適切な解決策を迅速につくりだし、かつ実行できることを指す。大田区の「柔軟な連結」の特色は、非常に程度の高い偶発性の高い状況においても、「即興演奏」の比喩に喩えることができる特色を持つ。すなわち、非常に程度の高い偶発性を含む状況に対して、メンバーの組み変わりを伴いながら、仕事の仕方の工夫を上手に生み出しつつ対応できる。「柔軟な連結」の連続的達成のしくみの本質をとらえるキーワードとして、「知的熟練」「信頼のネットワーク」「場の情報」「ズラシ」「関係の共通基盤」「プロセス志向の資源蓄積スパイラル」がある(第2章参照)。

本報告書で、一番重要なのは、第4章と第5章である。

第4章では、「柔軟な連結」のしくみが育った時代課程のhowを、本報告書では、ものづくり企業の観点からとらえた3つのケースと、支援主体の観点からとらえた1つのケースを見ることによって、検討した。

ものづくり企業の観点からは、親の代からの経営資源の蓄積の上で、第2創業的に変革することによって、「柔軟な連結」のしくみを育てていったパターン1、構造的変化の最中に、ものづくりと経営に関して未経験に近い状態で創業に挑戦し、「柔軟な連結」のしくみを育てていったパターン2、構造的変化を、勤務先の従業員として経験し、既に転換できていた勤務先の蓄積してきた資源の多くを承継するかたちで、「柔軟な連結」のしくみを育てていったパターン3の3つを扱った。

「柔軟な連結」のしくみが育った過程を、(1)ステップが切り替わる<ギアチェンジの時期>と、(2)ギアが切り替わり、その新しい枠組みの中でしくみを育てていく<蓄積の時期>に分けて理解すると、(2)の<蓄積の時期>には、身近に分厚いインダストリアル・ベース(=場所に参加する企業に対して、共通利用可能なチャンスが開かれている資源の集合体)があることが、企業の境界を超えて、しくみが育つ過程を助けている。すなわち、顧客からの新ニーズに対応するために、自社では知識や技が不足する部分について、それをむしろ得意とする他企業との「信頼のネットワーク」を利用して、外に仕事をお願いしたり、ヨコの学習で学ばせてもらったりする。

一方、(1)の<ギアチェンジの時期>には、しばしば既存の資源が制約に反転するということが起きる。それを克服しながら、新しい資源の結束へ組み変わっていくことが必要になる。この<ギアチェンジ>のときは、前の時代に自身が蓄積してきた資源は、しばしば制約に反転するが、このときにおいても、身近に分厚いインダストリアル・ベースがあることが、ギアチェンジの実行を助けていたということが重要である。集積の中には、「偶然の物理的近接」ともいうべき集積の中には、「偶然の物理的近接」として、気がつけば身近に、利用できる「利用不十分資源」がある。このような、偶然に物理的近接していた、地域の中の「利用不十分資源」に、この<ギアチェンジの時期>には、特に助けられている。この<ギアチェンジの時期>における、新しい結束への組み変わりにおいて、最も難しい課題となったのは、人に体化された情報的資源(例えば、価値観や暗黙の企業アイデンティティ)の変容をどうマネジメントしていくかであった。

支援主体の観点からは、1970年代まで、地域や中小企業の振興の支援のための資源蓄積が大変小さかった大田区行政が、1980年代前半に、「住工調和」の新しい立地思想に基づいて、大森南工場アパート設立を実現する過程で、その後につながるいくつかの重要な資源を蓄積した過程をとらえた。1980年代前半は、大田区行政にとっても、ギアチェンジの時期であった。このギアチェンジの実現過程において、支援組織が支援に必要な資源を、地元の中小企業との相互関係の中で内発的に蓄積していく「流れ」をつくるためには、「特定の」、かつ住民から熱い要望の出ている課題にエネルギーを集中し、「実行学習」で、地元の特徴に対応した能力を蓄積しつつ、小さな成功事例を目に見えるかたちでつくり、そこから将来の支援の展望へとつないでいくステップを踏むことが、有効であった。

第5章では、バブル経済後のさらなる環境の構造的変化を受けて、第4章でとりあげた3社が、どのような変容を見せつつあるのかを検討した。3社のケースから、「柔軟な連結」を支えてきた、当たり前の小企業群が、「縮小」の時代の中で、試作・開発機能を支える能力の今後の維持・発展に、クエスチョン・マークを投げかける状況にあることを見ることになった。オーラル・ヒストリーを活かした3社のケースから、次のような3つの論点が浮かび上がってきた。

第1に、海外・国内他地域との広域連携の中で、「柔軟な連結」のしくみのさらなる発展形を、現実のものとして、どう作り出せる可能性があるのかということである。この広域連携の意味が、かつてのような、「<近く>プラス<遠く>」というのではなく、「<近く>の代替としての<遠く>」という意味、すなわち、かつて産業集積という状況でないと対応が難しいと考えられた、不確実性や多様性の大きな状況への対応を必要とする領域についても、ある部分<遠く>へ代替するという意味を持つものとしての、自己疑問過程であることに、注意されたい。

第2に、なぜ、どういった条件が整ったために、試作・開発に関係する領域、すなわち、不確実性や多様性の大きな状況へのフレクシブルな対応を必要とするはずの領域においても、アジアへの移管が起こり始めたのかいう点である。この点は、国際分業のさらなる進展の中でも、何が地元に残っていくのかをとらえるためにも、重要な論点であるが、それにとどまらず、日本産業のものづくりの国際競争力の維持・発展を可能にする国際分業パターンの未来展望を描くためにも重要である。

第3として、 試作・開発に関する「グレーゾン」の仕事が今後ますます縮小した時に、「柔軟な連結」の経営を中小企業が維持できる体制がつくりだせるのかということである。「柔軟な連結」の維持のためには、カネの安定的獲得の場と情報的資源の将来のための資源蓄積の場のミックスをうまくつくりだす事業構成を持つことが必要である。試作と量産の間の「グレーゾーン」の仕事、すなわち、これまでのおカネの安定獲得の機会として機能してきた仕事に頼らなくても、多数の小企業群が、経営の持続を可能にする事業構成ミックスを、どうつくりだしていくことが可能なのだろうか。

このような論点に注意を払いながら、さらなる調査研究の蓄積が必要である。本報告書は、まだその中間報告の段階であるが、これまでの既存の文献でスポットライトを浴びにくかった、従業者10名以下の層(すなわち、大田区工業の8割という圧倒的多数を占める層であり、自社製品化や海外展開、産学公連携等の新しい展開を、土台で支えていくことが期待される層)の歴史的展開を、オーラル・ヒストリーの手法により、鮮明に描き出した貢献のある報告書である。

関連情報

「産業集積における内発的発展に関する調査研究」(平成20年3月)

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