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■ バイクづくりの技術が営業につながり経営革新
鹿児島県中小企業支援センター(財団法人 かごしま産業支援センター)
| 株式会社マルマエ |
| 業 種 | : | 精密部品加工 |
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当社は創業以来、溶接を主体とする会社でしたが、近年は不況の影響で受注量の激減がつづきました。苦しい状況のなか、かごしま産業支援センターより設備貸与、専門家派遣など、当社単独ではできない支援を受けています。現在では支援効果によって、付加価値の高い技術力を保有するに至っています。これらの支援制度は自社では気づかない問題に客観的な対策を講じることができて非常に役立っています。
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| 本社所在地 | : | 鹿児島県高尾野町 |
| 資 本 金 | : | 1000万円 |
| 創 業 | : | 昭和40年 |
| 売 上 高 | : | 2億7400万円 |
代表取締役 |
| 従業員数 | : | 17人 |
前田 俊一
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■溶接業から精密機械部品加工へ バイクづくりが経営改革に結びつく
株式会社マルマエの前身であるマルマエ工業有限会社は、現会長の前田務氏が出水市内を中心とした大手工場を対象に鉄骨・製缶業を営んでいた会社である。
昭和63年4月、長男の俊一氏(現社長)が入社し、バイク部品を中心とした精密機械部品加工に参入することとなった。
前田俊一氏は国際ライセンスを取得するバイクライダーであるが、単に乗るだけでは満足できなくなり、自分でバイクを設計し、部品をつくり、組み立ててハンドメイドのバイクでレースに参加するようになった。
父の工場でこっそりと部品を加工し、自分なりのバイクに組み立てて各地のレースを転戦し、九州選手権では2クラスで最高記録を塗り替えた戦績もある。
このことが俊一氏のバイクづくりの技術をセールスすることとなり、多くのバイク部品の注文がくるようになった。各地のレースで上位に入賞するバイクには必ず俊一氏が作った部品が使われたという。まさに「技術が営業」となった。
バイク部品は形が複雑なものが多いが、見た目に美しく、丈夫でしかも軽く、加工精度が高くなければいけない。電気機械部品づくりなどと違った、非常に高度な技術・センスが求められる。俊一氏はバイク部品づくりから削りの世界に入ったから、電気機械部品づくりも抵抗なくできたという。
当初はバイク部品を製造していくなかで外注も行っていたが、要求レベルを次第に高度にしていくと外注ではつくってもらえなくなり、自分で高度な加工ができる機械設備を導入せざるを得なくなった。
■技術とカンが頼りの経営から数値目標を明確にした経営へ
かごしま産業支援センター(当時は鹿児島県中小企業振興公社)の支援がはじまったのはこのころからである。
マルマエは平成7年度から設備貸与事業により特殊工作機械を次々に導入していったが、こうなるとバイク部品づくりだけではすまなくなり、精密電気機械部品も手がけるようになった。
これらの工作機械はどこにでもあるような代物ではなく、同時に4軸、5軸の加工ができるような特殊工作機械ばかりで、その操作方法もすべて独学でマスターした。
平成10年5月には下請振興事業の登録企業となり、平成11年度以降、毎年のように九州・沖縄中小企業テクノフェアに出展することで受注支援を行ってきた。平成12年には専門家派遣事業により東京の三宅中小企業診断士から「経営戦略、計画作成、自社製品開発」をテーマに指導を受ける。このときより技術を頼りにカンで行っていた経営から具体的数値を目標とした経営に変革することができた。
このころには同社の主力は鉄骨・製缶事業から、半導体・液晶・太陽電池関連製造の消耗部品やタービンブレードを中心とする高付加価値部品の製造となっていく。高い技術力に対する評価を受けるに従って、有名な大手企業からの仕事も増え、売上高も急速に伸びていった。それに伴い、機械設備も設備貸与事業を利用することでさらに拡充させていった。
■新工場建設を含む中期経営計画を進める
平成14年には田畑経営コンサルタントから「外部環境の変化にあった経営計画・戦略の策定」をテーマに専門家派遣事業を受ける。このときは、財務分析を中心に、同社のあるべき姿を見出すとともに、新工場建設計画を含む中期経営計画を策定する。
これにより、平成15年3月に県の経営革新支援法の承認を受け、中小企業金融公庫・鹿児島相互信用金庫・かごしま産業支援センター等の支援機関が一体となって融資・保証を行い、同年6月出水郡高尾野町の工業団地に新工場を着工。同年11月完成する。
新工場は、現在伸びはじめた液晶及びPDP装置業界を主なターゲットに大物精密加工品に取り組んでいく。そのため、第7世代の液晶製造設備に対応する最先端の大型5面加工機を導入した。
同社の経営革新は、新事業への展開・新工場建設というハードルをクリアし、さらにこれを成長させていく段階にきており、当センターとしても今後の活躍を期待したい。
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