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バリアフリー化で商機拡大−旅行業界、成長のカギ

 バリアフリー化―。これから高齢化が急速に進む日本社会において、ビジネスの世界でも重要なキーワードだ。2011年11月時点の65歳以上の人口は約2990万人で総人口の約23%。これが15年には約3400万人に増え、割合も約27%と人口の4分の1を超えると推計されている。日本全体としては人口減少が進む中で、増え続ける高齢者。それに伴い増加する障害者や要介護者を顧客に取り込む施策は、企業成長のカギを握っている。旅行商品のバリアフリー化で商機拡大を狙う旅行業界の動きを追った。(江刈内雅史)

【無視できない市場】

 「日々、障害者の方を旅行に案内している中で、それなりのマーケットがあると実感している。旅行業界にとってもこれから無視できない市場になる」―。こう話すのはANAセールスCS推進室で障害者の旅行参加を支援する「ユニバーサルツーリズム」に取り組む田中穂積ツアーアシストグループリーダー。同社は09年1月から「ツアーアシストデスク」という、障害者の旅行相談を受け付ける専任担当者を置き、ユニバーサルツーリズムを本格的に始めた。以来、「少しずつだが右肩上がりに数字は伸びている」(田中グループリーダー)。現在、デスクの担当者は4人で、取扱高は年間4億円にのぼる。

 ユニバーサルツーリズムは主催者側が参加者への介助はしないため、障害者の同行者が介助を行うことが参加の前提だ。その分、ツアーアシストデスクは行き先について、障害者が旅行をするのに適しているかどうかの詳細な情報を持って、参加希望者と相談する。

 例えば、車いす利用者の場合、参加を希望するツアーの行程にある景勝地や遺跡、駅などの交通機関で、階段の幅やどの程度の登り降りがあるかなどの情報を提示する。 「車いすでの移動が困難な観光場所については、他の参加者が見終わるまで、バスで待機するといった若干の譲歩をしてもらうこともある。だが、その度合いが小さければ、お客さんは満足して参加してくれる」(同)という。

 参加希望者の目的によっては、まったく別の商品を勧めることもある。フランス行きのツアーを問い合わせてきたある車いす利用者の場合。その行き先には車いすでの移動が難しい場所が多かった。だが、相談をしてみると、欧州の旅を求めているのであって、行き先をフランスにすることにこだわっているわけではなかった。

 そこで移動のしやすい英国行きの商品を案内すると、喜んで参加したという。11年度上期に扱ったユニバーサルツーリズムは国内旅行が約500件、海外旅行が約300件。そのうち、参加希望者の要望とツアーの条件の折り合いがつかずに参加を断った案件は1件のみだ。

【客単価がアップ】

 障害者のツアー参加は、客単価を引き上げるというメリットもある。同社が扱ったデータでは、10年度にツアーに参加した障害者の平均単価は通常の1.3倍。飛行機のビジネスクラスの利用率は28.3%と通常の13.7%を大きく上回る。旅行の機会が限られる障害者は、一回の旅行でよりぜいたくをしようとする“一点豪華主義”の志向がより強くなると考えられる。

 「障害者の状況と目的をきちんと聞いておけば、ほかの参加者に迷惑をかけることなく、障害者にも団体旅行を楽しんでもらう方策はいろいろある。客単価も高い。それを門前払いする必要はない」と田中グループリーダーは強調する。

 障害を持つ個人を支援して一般のツアーの参加を促すユニバーサルツーリズムに対し、クラブツーリズム(東京都新宿区)は不特定多数の障害者を集めて募集型企画旅行を進めているバリアフリーツアーを展開している。一般客を対象にしたツアーに参加するユニバーサルツーリズムに比べれば、選べるコースが限られるものの、旅行会社側が介助者の手配なども行い、バスもリフト付きのものをあらかじめ用意しているなど、旅行中に手厚い支援ができる。

 同社では旅行のほか、障害者のスポーツ大会やイベントなども行っており、それらをあわせると年間1万人程度を取り扱っている。その数は今後「爆発的に増加する可能性がある」(クラブツーリズム総務部広報課)。

【20年後、対象100万人】

 今後の高齢化の進展具合と障害者の増加数の推計に、クラブツーリズムの会員とその年齢割合を照らし合わせると、20年後には100万人が障害者ツアーの対象者に該当すると見込んでいる。

 それに対し、入浴介助のもとで温泉旅行を楽しめる「温泉で湯ったりシリーズ」や、長い距離を歩く「ゆったり旅」といった新商品を投入し、サービスの拡充を進めている。ただ、本格的な市場拡大にあたっては、バリアフリーツアー自体の認知度がまだ低いことが課題という。

 公共交通機関にせよ、観光地や飲食店、宿泊施設もユニバーサルデザイン化がかなり進んでいるが、それらをまとめて旅行商品として提供する旅行会社がまだ少ない。それゆえに、障害があっても参加できる旅の存在がわからず、障害者となった時点で旅そのものをあきらめる人が多いのが実情だ。バリアフリーツアーの活性化には「旅行会社が(バリアフリーツアーを)マーケットと捉え、一般的にする」(クラブツーリズム広報課)ことが必要としている。

【新規参入の動き活発化】

 需要の増加を見越して、新規参入の動きも見えてきた。佐川アドバンス(大阪市中央区)は10年10月から、トラベルヘルパー(外出支援専門員)が同行して、介護が必要な高齢者の旅行や外出に対応するサービスを開始。遠藤英二社長は「依頼は順調に増え続けている。『あきらめていた故郷の墓参りができた』など感謝の言葉をたくさんちょうだいするようになった」と話す。

 参入から1年後の11年9月29日には同社は四国地区で介護旅行サービスを手がけている穴吹トラベル(高松市)と介護旅行サービスの拡充に向け業務提携を発表。両社で双方のトラベルヘルパーを対応できるようにし、これを機に事業を各地に広げる方針だ。佐川アドバンスは東京支店だけだった取り扱いに加え、大阪支店でも11年10月から介護旅行サービスを開始。12年度以降には福岡営業所、名古屋支店にも拡大する考えだ。

 旅行業界全体にバリアフリーを広めようとする取り組みも進む。日本旅行業協会の社会貢献委員会は11年10月に「バリアフリーセミナー」を実施。業界関係者が白内障の人の見え方を再現するゴーグルなどの障害を疑似体験する道具を使って、ユニバーサルツーリズムを実践するなど、サービスの普及を図っている。

 かつて海外旅行が一般的でなかった時代には、旅行会社が旅行者のパスポート取得も代行した。旅行に不慣れな人に対し、旅への垣根を払うのをビジネスとしたのが旅行会社だ。旅行がレジャーとして一般化し、インターネットの普及で、旅行先の情報も容易に入手可能な時代となった今、その垣根はきわめて低くなっている。だが、高齢化の進展で増えている障害者や要介護者の旅については、まだ高い垣根がある。旅への垣根を取り除くという旅行会社の本分を発揮できる商機が、旅のバリアフリー化には眠っている。


【2012年1月1日 日刊工業新聞社】