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地域資源活用チャンネル

いきいき活用事例

徳島

展示会で自社ブランドを確立

宮崎椅子製作所・宮崎勝弘社長

宮崎椅子製作所・宮崎勝弘社長

OEM生産とデザイナーズブランドの二本立てへ

 徳島県の地場産業は精密機械業、縫製業、木工業。県内の大手企業が家具部門を開設することになり、協力工場を探していた。これに先代が応じて会社創業に踏み切った。鏡台用の椅子を中心に納入を開始し、ある程度安定した仕事量が確保できていた。

 しかしバブル崩壊後、仕事量が減少の一途をたどり、一方で納入先よりコストダウン要請と小ロット対応が要求された。これを契機に、自社ブランドを活かした展開を模索したのが最初の転機となった。

 まずデザイナー捜しで、徳島県工業技術センターに相談した。県の技術アドバイザー制度を利用してデザイナーを紹介してもらい、98年から従来生産と並行してデザイナーブランドを立ち上げた。資金面では四国経済産業局の98年から5年間(第1次)の地域産業集積活性化事業で、徳島県木竹工業協同組合連合会の下部組織の「徳島インテリアプロダクツ(T.I.P.)」が初年度1176万円の補助を受けた。それを使い、新商品開発やデザイナーとの活動費、展示会など販売促進に活用した。これは05年から第2次地域産業集積活性化事業として継続中だ。99年に第1号製品が完成したが、この時点では従来の鏡台用椅子と並行して自社製品開発を行っていた。

 村澤一滉デザイナーとタッグを組んだデザイナーズブランドも徐々に増えてきた。販売面は展示会を活用した。「営業マンがいないので、当時は展示会での出会いのみだった」と宮崎勝弘社長は振り返る。99年から2年間は徳島市主催の展示会「気になる徳島」に出展した。これは東京タワーのボーリング場での開催で、県の補助金で出展した。

自主独立を決意し新しい船出

宮崎椅子製作所の製品

宮崎椅子製作所の製品

 次の転機は02年。創業のきっかけとなった前述のOEM(相手先ブランド)供給先から家具事業から全面撤退する旨の通告を受けた。そこでデザイナーズブランド専業でがんばることを決意した。「この撤退通告で半数以上の納入業者は廃業した」(宮崎社長)。しかし知名度不足はいかんともしがたく、2年間は赤字が続き。「このままでは廃業も覚悟した」(同)。

 この流れが変わってきたのが、01年からずっと出展している東京ビッグサイトで開催の「東京国際家具見本市(IFFT)」での反応。全国の家具専門業者が集まり、小売店からOEM生産の依頼が数点舞い込み、デザイナーズブランドも自社で扱わして欲しいという話も出てきた。

 ブランド維持と販売店の選定に力を入れた。一つのアイテムは各地区に1店しか扱わせず、定価販売を小売店に依頼している。デザイナーズブランドの椅子のネーミングは、デザイナーと、とことん意見を出し合い決めている。

 宮崎椅子製作所が拘るのが「モノづくり」。目指しているのは自社でなければできない「オンリーワン」で「他メーカーの物まねは絶対しない」(同)。これが自社技術の向上につながるという。この技術を身につけたいと、会社の門をたたく若者が増え、毎年採用している。07年度も新卒を2人採用の予定だ。自社ブランドも順調な伸びを見せ、売上高の60%を超える勢いだ。現在、契約デザイナーは、延べ5人。07年6月には東京ビッグサイトの「インテリアライフスタイルショー」に出展し新しい客層のキャッチを狙っている。

【コメント】宮崎勝弘社長
失敗の中に新しい芽がある

 地域資源を活用しようと考えている人や企業に対して、宮崎社長は「挑戦心がなければダメ」と言い切る。「無理と思わず、まずやってみて、失敗したらその中に新しい芽があるはずだ」と考え、売れるモノを求めるのでなく、モノづくりの原点に返って足下を固めていくことを勧める。

 良い製品を作っても売り方を知らない人も多い。「人と人とのつながりや出会いを大切にするのがモットー」という。例えば事業に直接関わりがなくても、地域活性化などの会合があれば積極的に参加し、そこに新しい人との出会いがあると断言する。

 自分が納入先からの仕事量大幅減少で困り、新事業立ち上げを決意した時も人に助けられたことを思い出すという。「地域資源を活用した新事業で相談があれば、いつでもアドバイスしたい」。

会社概要

会社名:株式会社宮崎椅子製作所
住所:徳島県鳴門市大麻町川崎字中筋710
業種:椅子製造、販売
電話:088-641-2185
URL:http://www.tv-naruto.ne.jp/miyazaki/