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いきいき活用事例

京都

「元祖」にごり酒で清酒の新ジャンルを開拓

増田徳兵衛商店・増田泉彦社長

増田徳兵衛商店・増田泉彦社長

「元祖」たる苦労

 清酒「月の桂」の蔵元である増田徳兵衛商店は、全国有数の酒どころである伏見にあっても、最も古い蔵元である。1675年の創業というから300年以上の歴史を持ち、周辺が焼け野原となったと言われる「鳥羽伏見の戦い」(1868年)を乗り越え、連綿と酒づくりを続けてきた。

 増田徳兵衛商店を一躍全国に知らしめたのは1966年に商品化した「大極上中汲にごり酒」である。全国で1500あると言われる酒蔵で初めての試みだ。一切熱殺菌を行わずに、搾ったそのままを瓶に詰める生酒で、発泡性を持つことから「米のシャンパン」とも呼ばれる。今や全国で1000種のにごり酒が商品化されていると言われるが、生で発泡性があるのは「月の桂」だけ。

 にごり酒への取り組みは、醸造学の権威で元東大名誉教授の故坂口謹一郎博士のこんな一言で始まったという。「どぶろくのような酒を飲みたい」。ほかの愛飲家たちからも同様の要望が寄せられていた。これに応えたのが13代増田徳兵衛、現社長の増田泉彦の実父だ。

 300年以上酒造りをしてきた老舗であり「技術的な課題はまったくなかった」と増田泉彦社長は当時の状況を語る。それどころか「清酒からどぶろくを造るという逆転の発想で、どぶろくを新しい形で復活させることで新しいジャンルの清酒造りを目指した」。

 とはいえ苦労が無かったわけではない。当初、杜氏(とうじ)はにごり酒を造ることに閉口した。大吟醸を造るのが杜氏の使命で、どぶろくを造ることは本懐でないと考えるのが当時の風潮だったからだ。しかし、いざ造り始めるとガラっと意識は変わった。熱処理をしない生酒をつくる難しさ、酵母のコントロールや搾り方など何から何までこれまでの清酒造りにない奥深さに魅了され、にごり酒造りにのめりこんでくれた。坂口博士は「元祖」にごり酒のお墨付きを贈り、杜氏の誇りともなっている。

(にごり酒)現在のラインアップは米の削り方などで区別して5種類

(にごり酒)現在のラインアップは米の削り方などで区別して5種類

 そして商品はでき上がったが、ここでまた別の問題が持ち上がった。にごり酒はどぶろくか否かという問題だ。酒かすを分離する清酒に対して、「濁酒」としてその他雑酒に区別されるどぶろくは酒かすが残り、酒税が清酒より高い。税務署と最初は、清酒かどぶろくかで論議したが、「酒を漉(こ)すメッシュの目の大きさなど造り方からにごり酒の定義を2年間検討し、清酒となった」という。

 販売でも苦労はあった。宅配便がまだ発達していなかった当時、生酒の扱いは大変難しかった。ガラス瓶が割れないように木箱を作り、鉄道貨物を使って全国に配達。発泡性から栓をあけると吹きこぼれてしまうこともあり、周知徹底にも手間をかけた。一方発売と同時に、愛飲家らが集まってにごり酒を楽しむ「月の桂にごり酒の会」が京都と東京で発足、会合は今までに300回以上開かれている。

 「それでも発売から10年くらいは、知る人ぞ知る清酒だったが、人づてに伝わった」。今や日本だけでなく、米国など海外でも高い人気を博している。

 現在のラインアップは米の削り方などで区別して5種類。「大吟醸などもっと種類を増やすこと、健康をキーワードにした新ジャンルを創造することが目標」と増田泉彦社長は挑戦に目を輝かせている。

【コメント】増田泉彦社長

吟醸酒はすべて自前の米を使用

吟醸酒はすべて自前の米を使用

 伏見はその昔「伏水」と表されたように豊かな伏流水に恵まれ、酒造りが盛んな土地だった。酒造りにとって水や米がいかに大事な要素か言うまでもないだろう。

 京都は自然が多く残り、早くから自然を汚さずに循環型のシステムを突き詰めてきた土地だと思う。酒造りはこの自然に生かされているもの、自然こそが最も重要な地域資源だと思う。

 契約農家だけでなく、95年から自社の田を持って無農薬有機栽培米「祝」を育て、吟醸酒はすべて自前の米を使っている。時期になれば私も田植えをする。年間1300石を造る当社にとってはわずかな量だが、このこだわりの姿勢を大切にしたい。近代化が進む酒造業だが、一番古い当社は古いままなのは、伝統へのこだわりからだ。こだわりと畏敬(いけい)を持って当たればいい。

会社概要

会社名:株式会社増田徳兵衛商店
住所:京都市伏見区下鳥羽長田町24
業種:酒造業
電話:075-611-5151
URL:http://www.tsukinokatsura.co.jp