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地域資源活用チャンネル

いきいき活用事例

静岡

抹茶づくりから始めた茶そばづくり

池島フーズ社長・池島義幸氏

池島フーズ社長・池島義幸氏

他社と同じことはしない

 鮮やかな緑色にほのかな香り−。ホテルや旅館、料亭などでおなじみの茶そば。池島フーズはその5割以上のシェアを占めるトップメーカーだ。国内有数のお茶どころである静岡県に本社を置き、地元産の抹茶を使う。無添加、無着色で手間ひまかけた茶そばは「色に深みがあり、香りも豊か」と評判だ。創業家の4代目に当たる池島義幸社長は20歳で就任。以来"麺(めん)の道"を50年以上にわたり追求している。

 池島フーズは明治の創業。もともとは米穀販売で出発し、戦後の食糧難の時代にそうめんやひやむぎなどの麺製造を始めた。国内初の即席麺が発売された58年に、同社もブームに乗ってオリジナル商品を発売。当初はほとんど手作業で1日8,000食を生産していたが、63年に4万〜5万食規模の自動化システムを導入した。

 しかし、工場稼働からわずか3、4カ月で池島社長は即席麺から事実上の撤退を決めた。「大手と伍(ご)してビジネスを進めても価格競争になり、企業の存亡も危うい」と判断したからだ。量産品でなく、確実な販売を見込める受注品の生産だけに切り替えた。後に、新規参入組の多くが撤退や倒産に追い込まれた結末を見れば、早期撤退は傷口を最小限にとどめる英断だった。

 即席麺の経験から得た教訓は「ほかと同じことをやっていてもダメ」(池島社長)ということ。その後は、ゆで麺や生ラーメンの販売で地道に利益を蓄積し、63年に茶そばの販売を開始した。

地元・静岡産のお茶を使いブランド相乗効果

トップシェアを誇る茶そば

トップシェアを誇る茶そば

 茶そば自体は江戸時代からある日本の伝統的な食べ物だ。しかし原料となる抹茶の産地は京都・宇治が主産地。静岡県は煎茶(せんちゃ)の生産量で全国トップクラスだが、抹茶はほとんどなかった。同社も当初、茶そばに宇治抹茶を使ったが、「地元産を使いたい」(同)との思いが存在した。

 そこで90年ごろ、池島社長は「川根茶」で有名な県内の茶産地に、自ら出向き抹茶づくりを依頼する。煎茶では、すでに全国に名の知られたブランドだけに交渉は難航したものの、池島社長は農業従事者らの高齢化に着目、収穫時期の異なる煎茶と抹茶の両方を栽培すれば、労働負荷を分散できるメリットを説いた。3年に及ぶ粘り強い交渉の末、ついに抹茶づくりにOKが出た。「煎茶でも抹茶でも、静岡が生産量日本一になってほしい」(同)という。産地との連携は、地元の農業振興につながると同時に"お茶どころの茶そば"という池島のブランドイメージも高めた。

 製造にもトコトンこだわる。主力の掛川工場(静岡県掛川市)では、通常3〜5時間で麺を熱風乾燥させるところを、50時間をかけて低温乾燥する。茶そばのうまみ成分であるテアニンを数値化して、100万分の1mgの誤差単位で管理している。

 たとえば最高級茶そば「粋(いき)」は、「これ以上ない茶そばを作ってほしい」という高輪プリンスホテル(東京都港区、現グランドプリンスホテル高輪)の料理長の要望で生まれた。1kg10万円の高級抹茶を使い、テアニンを多く含むのが特徴だ。このほか売れ筋の「彩(いろどり)」「香(かおり)」「蒼(あおい)」などがあり、商品名は池島社長自身で決める。抹茶の含有量は他社と比べ2、3倍多く練り込んでいる。

 池島の茶そばは全国のホテルや旅館、料亭、エアラインの機内食など、業務用が全体の8割以上を占める。最近は日本食ブームも追い風に、海外でも人気が高い。欧米やアジアのほか、ロシアへも"日本の食文化"として輸出している。

【コメント】池島義幸社長
現場と財務に強くなれ

 目標に「麺は永遠なり。お客さまに喜ばれる品質第一の製品」を掲げる。中小企業のトップは現場にも財務にも強いことが必須。大手企業なら分業で財務だけの担当者もいるが、中小は自身で計画を策定し、実行しなければならないからだ。

 私はほとんど会社におらず、和食の調理人などに直接、意見を聞くため、日本中を飛び回っている。北海道出張時に、九州においしい麺があると聞けば、一杯150円のうどんを食べるために飛行機でかけつける。

 何かに夢中になれることは楽しく、幸せなことだ。かつては工場で商品開発に熱中し、気付いたら東の空が明るくなっていたこともある。新しい扉を開けると、また奥に扉が出てくるのが経営の醍醐味(だいごみ)。エンドレスで限界はない。

会社概要

会社名:池島フーズ株式会社
住所:浜松市浜北区寺島2351
業種:食品
電話:053-587-1025
URL:http://www.umaimen.com/