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地域資源活用チャンネル

コラム

●負の産業遺産こそ、観光資源に

 足尾銅山鉱毒事件の顛末を描いた「襤褸の旗」(吉村公三郎監督)を観た。「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国の儀に付質問」。帝国議会での田中正造の肺腑をえぐるような追及に、時の総理大臣山県有朋は「質問の趣旨その要領を得ず」と答弁を拒否。ラストシーンでは谷中村を守れなかった田中が失意のうちに息絶える。モノクロ映像がドキュメンタリーのような緊迫感を盛りあげる。田中役は三國連太郎、農民運動の先頭に立つ多々良治平を演じるのは西田敏行。映画「釣りバカ日誌」のスーさん、ハマちゃんのコンビを連想させるのでは。そんな鑑賞前の不安は杞憂に過ぎなかった。

 映画の舞台となった足尾町(栃木県日光市)が、世界文化遺産登録に名乗りをあげた。地元の有志が集まり「足尾銅山の世界遺産登録を推進する会」(神山勝次会長)を発足。公害問題の原点と言われる足尾の歴史を後世に伝えるとともに、銅山跡を観光の目玉にしようと、精力的に準備を進めてきた。これを受けて栃木県と日光市では2007年9月末、世界文化遺産暫定リストに登載するための提案書を文化庁に提出した。

 下流の渡良瀬川流域を鉱毒で汚染し、製錬過程で排出される亜硫酸ガスが緑を枯らし…。映画や教科書で紹介される足尾は近代化の負のイメージが強烈である。他方、日本で初めて無公害の製錬設備を導入するなどエコファクトリーの先駆けとなった正の歴史はあまり知られていない。亜硫酸を再利用する技術の開発は、大正時代から産学協同で取り組んでいる。

足尾精錬所は、それまでの薪や木炭に代わるエネルギーとして、当時最先端の水力発電所を明治23年に完成させた。松木川上流から取水し、落差32mの水力で水車を回転、約300kWの電力をつくり出した。

足尾精錬所は、それまでの薪や木炭に代わるエネルギーとして、当時最先端の水力発電所を明治23年に完成させた。松木川上流から取水し、落差32mの水力で水車を回転、約300kWの電力をつくり出した。

 高度成長期に大気汚染の発生源となった神奈川県川崎市でも、京浜工業地帯の工場群を観光に活用する試みを始めている。今年は旅行代理店とタイアップしてクルージングと工場見学を組み合わせたプランを企画。キャッチフレーズは「先人達が培い、現代に洗練された川崎の技術を楽しめ!!」。工場が稼働する平日の開催にもかかわらず、中高年女性を中心に多数が参加。来年度は産業観光に対する地元の関心を高めるため、市民参加のモニターツアーも計画している。

 足尾も川崎も原石のような観光資源の魅力にあふれるが、課題は環境対策への先進的な取り組みも含め、今日的な価値をどう引き出し、娯楽性をもたせて伝えられるかだろう。備前楯山を中心とした足尾銅山跡一体は、今も約1,200haが裸地のままだ。打ち出し方によっては、ゴミ問題から世界遺産になれずにいる富士山のようになりかねない。

 公害という負の歴史を背負った産業遺産や工業施設を観光に利用することは、アジアなどで深刻化する公害問題に警鐘を鳴らし、過ちを繰り返してはならないという人類普遍のメッセージを発信できるはず。また、環境先進国として日本のプレゼンスを高めることもできよう。

 経済産業省では地域活性化策として近代産業の発展に寄与した工場施設などを「近代産業遺産」と定義し、来年度からモデル地域を選定のうえ事業性の調査・研究に入るという。できれば足尾や川崎など環境問題と関わりの深い地域を戦略的に取り上げていただきたい。

(日刊工業新聞社 岡田 直樹)