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第53回 日本の伝統産業から世界の牛首紬へ[西山産業開発]

2015年8月31日輸出

石川県の白峰地域(旧牛首村)に伝統産業の「牛首紬(うしくびつむぎ)」がある。大島紬、結城紬につぐ紬の1つといわれるほど高品質の紬だ。
 その特徴は、2匹の蚕が共同で1つの繭にした「玉繭」から製糸した独特の糸を用いること、および製糸から織布・染織まで一貫して手作業でつくることにある。それにより牛首紬は、光沢としなやかな風合いを備え、張りがあるのに柔らかいといった他の紬にはない独自性を醸し出す。

石川県白峰地域の伝統産業「牛首紬」

石川県白峰地域の伝統産業「牛首紬」

伝統産業を復活させる

その牛首紬も戦後は洋装化の波に押され、1960(昭和35)年に白峰地域で最後の製造所が廃業してしまった。それから10年後、地元の建設業者・西山産業開発が牛首紬の再興に動き出した。同社の経営者の父親が、最後の牛首紬の製造所の経営者と親友だった縁からノウハウを譲り受け、1963年に伝統産業を復活させた。

牛首紬の製造を再始動させた西山産業開発は、つぎに販路の復興を図るため、かつて取引のあった京都の呉服商ルートを再開させる。それにより昭和50年代には牛首紬の販売も軌道に乗り、伝統産業の復興にもひと息ついた感があった。
 ところが1990年代のバブル崩壊によって呉服市場も一挙に縮小し、以降、国内の呉服販売が低調に推移したことから紬産業も苦境に陥ってしまった。

ライフスタイルの変化に伝統産業も合わせればいい

そのころから、西山産業開発で牛首紬の販売責任者を務める代表取締役専務の西山博之さんはある思案に明け暮れていた。「伝統産業を後世に残すためにどうすべきか」。せっかく復興した牛首紬がまた苦難に直面してしまった。この苦境をどう脱すればいいのか。来る日も来る日も考えていたとき、あるきっかけに突破口を見出した。

「いまから12年前です。スイスの時計メーカーが金沢の加賀蒔絵のグループとコラボして商品を開発し、それがヒットしたのです」(西山さん)

スイスの時計メーカーが腕時計の文字盤に風神雷神の蒔絵を施した商品を450万円で売り出したところあっという間に完売した。
 それを知った西山さんは、伝統産業も従来通りの製品をつくり続けていても埒が明かない。世の中のライフスタイルが変化しているのだから、伝統産業もそれに合わせたものづくりをしていけばいい。そこに気付いた。

反物、呉服だけでなく和装小物にも商品展開

反物、呉服だけでなく和装小物にも商品展開

海外で認められればチャンスがある

戦後の日本のライフスタイルの範は欧米にある。ならば彼の地で認められれば日本の市場でも受け入れられる。海外で認められたという実績で日本の市場を開拓すればいいのだ。
 2007年から欧州の展示会へ日本の団体の一員として参加し、牛首紬でつくったテーブルウェアやネックウェアの試作品を展示してみた。しかし、反応がない。

「結局、紬だから身にまとうものでないといけないということに気付きました。しかも、当社は牛首紬のメーカーなのだから生地で勝負しようと」
 そう西山さんは戦略を定めるとさっそく2009年、イタリアのジェトロミラノ展へ出展した。

「われわれの紬が生地として欧州でも通用するのかどうかが知りたかったのです」(西山さん)
果たして牛首紬は海外で通用するのか。この展示で箸にも棒にも掛からないようだったら海外進出自体が無理なのだと断ぜざるを得ない。そう心に決めて臨んだ展示会だった。

世界有数のファッションメーカーから絶賛

初日、牛首紬のブースには誰も寄って来ない。2日目もほとんど誰も寄りつかなかった。
 「これはダメなのだなと思いました。海外で紬は受け入れられる余地がないのだと」(西山さん)

ところが3日目、展示会が始まるとにわかに周辺がザワつき始めた。なんだろう。訝しく思っていると、「アルマーニのバイヤーが来場している」との声が聞こえてきた。世界有数のファッションメーカー、イタリアのアルマーニのバイヤーが訪れたのだ。しかも、牛首紬のブースへ真っ先に向かっているという。

西山さんは驚きの中に彼のバイヤーを迎えると、「すばらしい」と牛首紬を絶賛された。ただし、「生地の幅が140cmでないと使えない」とクギも刺された。和装の生地は幅38cmだが、この狭い幅の生地では洋装で使い物にならないと知らされた。

しかし、アルマーニのバイヤーの反応から生地としての可能性とチャンスはある。そう確信できた。そのチャンスを活かすためにも幅の広い生地をつくらなければならない。西山さんは帰国後、さっそくその課題に取り組んだ。

ところが思ったほど事は簡単ではなかった。過去にも国内で幅広の反物づくりが試みられたが、成功した例は少なかった。タテ糸の準備段階から手直しし、織機も幅広用のものを揃えなければならない。つまり、設備と技術を抜本的に変更しなければならないのだ。

「運よく織機とその操作方法の指導を得ることができました」という西山さんは、帰国後1年半かけて手織と同じ風合いで幅140cmの生地を完成させた。

牛首紬は海外の展示会で来場者の関心を引く

牛首紬は海外の展示会で来場者の関心を引く

牛首紬の未来は海外展開にある

その牛首紬の幅広の生地は、2011年のパリコレでフランスの高級ファッションメーカーからメンズ用生地として採用された。また、同年にフランスで開催された繊維・生地の見本市「PREMIERE VISION 2011」(プルミエール・ビジョン)の「メゾン・ド・エクセプシオン」にも招待された。メゾン・ド・エクセプシオンは、高度な手技をもつ世界のメーカーから数社だけが招待される展示コーナーで、同社の牛首紬は翌年も招かれるほど高く評価された。

その後もメンズ用生地としての引き合いが増えたことから、同社は2014年に本格的にメンズ用生地の生産を始めた。また、アパレルだけでなくインテリア向けに金糸を織り込んだ生地も開発することで、テキスタイル市場への攻勢を強めようとしている。

さらに2015年夏からは米ニューヨークへの営業も始めた。現地のファッションデザイナーやアパレル関係のバイヤーへアプローチを掛ける。 同社が牛首紬を海外に展開する目的は、国内市場以外で自社のビジネスの柱を立てることにある。また、同時に日本の伝統産業である牛首紬に付加価値を与えて海外市場に投入することにもある。さらに伝統産業を守ることは、牛首紬の職人のマインドを維持・向上させることにつながる。

伝統産業は旧来と同じことをしているだけでは未来がない。常に時代に合わせて革新することが未来への可能性を生み出す。そのための1つの解として牛首紬を海外へ展開する。日本の伝統産業から世界の牛首紬へ。それが西山産業開発の目指すところだ。

企業データ
企業名 西山産業開発株式会社
代表者 西山 憲隆
所在地 石川県白山市部入道ト40
業種 建設、繊維製品製造

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