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第26回 先見の明と積極果敢な決断力で海外展開を進める[佐田]

2013年11月14日海外進出

株式会社佐田は、現社長である佐田展隆氏の曽祖父、佐田定三氏が神田で開業していた服飾雑貨店を起源とする会社であり、現在は、紳士・婦人オーダースーツ等の製造販売を行っている。

中国展開第一波の企業の1つ

同社は、日本経済の高度成長期から大手百貨店とパートナーを組み、全国の百貨店店舗で季節ごとに催事販売を行い大きな収益を生んでいたという。1980年代の最盛期には、埼玉県、宮城県、岩手県に大きな工場を持つ3工場体制で、年間25万着を縫製していた。
 現社長の実父である佐田久仁雄氏は、すでにその時からアジアに眼を向けていた。1980年代には中国へ何度も交渉のため足を運び、1988年頃には中国の国営企業に対して技術指導も行っていた。そして1990年、中国で製品を作るべく、北京市に日中合弁企業・北京佐田雷蒙服装有限公司を設立するに至った(正式な合弁契約締結は1991年)。
 当時、最新鋭の設備を備えたこの工場で生産される製品の品質に対する評価は高く、1993年と1994年には「中国国際服装博覧会金賞」を2年連続で受賞している。

北京佐田電蒙服装有限公司の外観

北京佐田電蒙服装有限公司の外観

生産体制の大転換

1990年代に入ると日本では景気後退が進み、価格圧力も厳しくなり、低価格の既製スーツが市場を席巻する時代になっていた。幸い、オーダースーツは受注生産のため未回収という打撃こそなかったが、その後の企業運営はかつてのように順調ではなかった。固定費のかかる大きな工場は縮小せざるをえない状況に追い込まれた。
 そこで2002年から2003年にかけ、佐田久仁雄社長(当時)は生産体制の大転換を実施した。埼玉と岩手の工場を閉鎖し、そこの設備をすべて北京へ持って行き、北京の工場を移転、拡大し中国の工場をメイン工場としたのである。

その時、現社長である展隆氏は東レに在籍していたが、父と共に事業運営をすべく久仁雄氏の元に戻ってきた。展隆氏は、その時の様子を次のように振り返り語る。
 「2003年の末に戻りました。北京の工場を拡大することは父が前から持っていた構想だったのですが、ここで勝負しようと決めたようです。『もともと自分が考えていた中国でのモノづくり、中国でイージーオーダースーツを作れば、既製品にも勝てる』と。しかし、この勝負をするからには勝たなければいけない。ですから、父からは『今は非常に危ない状況だ。物凄く危ない橋を渡る。戻ってくるかは、お前自身で決めろ』と言われました。私は長男であり、浪人までさせてもらっていたので、Noという選択はないと考え、当社に戻ってきました」

中国を含めた直営ショップの展開へ

2011年に起こった東日本大震災で被害を受け、東北地方では廃業するテーラーが増加した。店主の高齢化も進んでおり、全国的にも廃業するテーラーが増えている。そのためOEM生産を中心としていた佐田は受注減少という打撃を受けた。そこで、展隆社長は、「もう直営店で売るしかない」と覚悟を決めた。「現在、国内には20店舗の販売店を有するが、将来的には40店舗くらいまでには拡大していきたい」と抱負を語る。

さらに2013年には中国北京市にも直営ショップ1号店「佐田雷蒙 西服定制」を出店している。中国の直営ショップ開店に至った背景について聞いてみた。
 「これまでの中国では、ビジネスマンがスーツを着るという習慣はあまりなかったようです。しかし、近年、日系企業で働く中国の人々がスーツを買うケースが増え、また、中国企業に勤務する中国人からもスーツに関する問い合わせが増えてきたこともあり、このタイミングで出そうと思い出店しました」
 中国では、一般的に仕事に従事する人の服装はカジュアルな軽装が多い。よいスーツを着ている人はほとんどが日本人であるが、最近になってようやく現地のミドル層を中心にスーツを着る習慣が広がってきたようである。直営店オープン後の業績や顧客の反応は非常によいという。中国ではよい製品に関する情報は口コミで広がりやすく、利用者同士の紹介も非常に多い。そのため、もう少し需要が増えてきたら2店舗目、3店舗目と店舗を増やしていきたい、と展隆社長は語る。

北京佐田電蒙服装有限公司の工場内風景

北京佐田電蒙服装有限公司の工場内風景

親身な中国工場の人材育成

佐田は中国で縫製を始めた先駆けの会社であるが、今も北京工場では従業員350人規模で、年間10万着のスーツ等を縫製している。工場のマネージャー層はかつて来日して宮城の工場で研修や実習に励んだ人たちだ。「研修に1年間、実習に2年間」という決まりがあり、中国から来た社員には2年目からは日本人と同額の給料が支給される。日本滞在中は会社の用意する寮に住んでもらっている。工場で受け入れる人たちの年齢は30代前後が多い。
 「彼らを工場で受け入れ、工場のおばちゃんたちが面倒を見て、技術指導もする。マネージャー層としてやれるようになった状態で、帰国後、我が社に対する高いロイヤリティを持って管理職をやってもらっています。彼らは日本語もできるので、本社からの技術者が向こうへ行っても仕事がやりやすい。彼らのような人材も我が社の武器ですね」
 積極果敢な決断力で海外展開を進めてきた佐田。その勇気と誠実さに勝利の女神は必ず微笑むに違いない。

企業データ
企業名 株式会社佐田
代表者 佐田 展隆
所在地 東京都千代田区神田須田町2-11
業種 製造業、小売業(紳士、婦人オーダースーツ等)

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