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農商工連携パーク

認定事業計画の事例紹介

農商工等連帯促進法に基づき、国の認定を受けた事業計画申請事業者の活気ある声をお届けします。

山口県

萩の夏みかんを後世に残すため加工食品に挑戦

農業商業工業
中小企業者 有限会社たけなか
農林漁業者 JA長門大津

夏みかん発祥の地

長門ゆずきちを使ったジャムを製品化した

長門ゆずきちを使ったジャムを製品化した

江戸時代は長州藩の城下町として栄えた山口県萩市。市内には吉田松陰が主宰した松下村塾や伊藤博文の生家など、明治維新を遂げた志士たちの生活がしのばれる名所も多い。そんな萩の特産品の一つに「夏みかん」などの晩柑(ばんかん)類がある。たけなか(山口県萩市)は約20年前から夏みかんを利用したジャムやゼリーなど加工製品を生産し、全国に販売してきた。

萩市で明治初頭に夏みかんを栽培し、産業殖産が図られたことは今ではあまり知られていない。長州藩士で幕末に江戸留守居役などを務めた小幡高政がその仕掛け人だ。小幡は明治新政府でも要職に就くが、母の病気のため1876年(明9)帰郷した。数年ぶりの故郷は職がない旧士族が大勢おり、産業を興さなければと思いついたのが夏みかんの栽培だった。小幡は約1万本の苗木をつくり士族に配布、各々が自らの屋敷内に苗木を植え、育てた。

夏みかんの発祥地は萩市などを含む山口県北部とされ、原木は隣の長門市青海島に現存する。正式名称は「夏橙(なつだいだい)」といい、5―6月ころに収穫する。夏みかんは風に弱いが、武家屋敷の土塀が風よけとなり、生産は順調に増えていった。

価格も高かったようで「40キログラム入りを数袋売れば、子供を1年間養う費用をまかなえたと言われている」(竹中一男たけなか社長)。だがその後の食生活や社会の変化とともに消費量は段々と減少していった。

流通整備から製品開発へ

加工風景。夏みかんの皮も果汁も利用する

加工風景。夏みかんの皮も果汁も利用する

今でも山口県内で夏みかんの栽培は行われている。同県によると09年度の栽培面積は143ヘクタール、生産量は658トンだった。同社は約20年前から夏みかんを原料にゼリーやジャム、菓子、ジュースなどの生産を手がけてきた。もともとは夏みかんを栽培していたが、「年間を通じた仕事をつくり、雇用の場を創造する必要がある」(竹中社長)と加工製品の生産を始めた。

95年には法人化し、冷蔵倉庫や加工工場など生産設備を拡充した。製品は道の駅やホテルのほか、首都圏の高級スーパーでも販売する。またファクスなどで直接注文を受け付け、宅配する仕組みも早くから導入した。「旧ヤマト運輸(現ヤマトホールディングス)の宅配便事業草創期から仕事をお願いしてきた」(竹中社長)という。

ヤマトの宅配便技術向上を新製品開発にもつなげた。果実部をくりぬき、ゼリーを流し入れた夏みかんゼリーは人気商品の一つ。クール宅配便の運用開始で遠方へ発送可能になったことから製品化したものだ。

09年からは新たな原料として香酸かんきつ類の1種「長門ゆずきち」を使った加工製品の開発に取り組んだ。山口県固有の品種で萩市や長門市で栽培されている。香酸かんきつ類としてはスダチやカボスなどの知名度が高いため、製品の特徴を出す必要があった。

そこで皮が柔らかく、種が少ない特性に着目し、熟して黄化した果実を原料にすることにした。10年にジャム、ジュースなどを製品化した。これまでの販売状況は「ぼちぼちといったところ」(同)だが、主力製品の一つに熟成させていく方針だ。

コメント

産地全体の発展を

たけなか・竹中一男社長

たけなか・竹中一男社長

小幡高政は産品販売だけでなく、苗木を和歌山県や愛媛県などに贈り、みかんの一大産地として発展した。自分の所だけが繁栄すればよいという考えを持っていなかった。最近は農業の6次産業化が言われているが、これも同じこと。私は加工製品を生産する立場であるが、製品開発する際には農家の方の作業が平準化できるか、負担は軽くなるかなど常に考えている。自分さえよければ良いという考えでは事業は長続きしない。明治以降の萩市を繁栄させた夏みかん。後世に残すのが私の使命と考えている。

連携体代表者の連絡先

会社名:有限会社たけなか
住所:山口県萩市椿東梶ヶ原2234−3
電話:0838−26−0066
URL:http://www.haginet.ne.jp/users/natumikan/