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JAPANブランドで新市場に臨む 日本の感性はこうして生かされた


1959年に国産初のレンズ投映式プラネタリウムを開発した五藤光学研究所(東京都府中市)。2号機はアメリカのブリッジポート博物館に納入されている。同社のプラネタリウムの世界シェアは約40%。納入先はアメリカやアジア諸国をはじめとし、中南米、ヨーロッパ、中東・アフリカ、オセアニアの28カ国にのぼる。強さの秘訣は、星が好きな人が集まるからこそ生まれる研究開発へのあくなき探究心だった。

五藤光学研究所の歴史が日本のプラネタリウムの歴史

米国セントルイス市宇宙科学博物館に納入した『L-1』型と創業者 五藤齊三氏(c)GOTO(写真は、日本で行なった『L-1』型の完成お披露目会、1962年10月5日)

米国セントルイス市宇宙科学博物館に納入した『L-1』型と創業者 五藤齊三氏(c)GOTO(写真は、日本で行なった『L-1』型の完成お披露目会、1962年10月5日)

五藤光学研究所(東京都府中市)は、1926年(大正15年)、創業者の五藤齊三氏が日本光学(現社ニコン)から独立して設立した。創業当初は、天体望遠鏡の専門メーカーとして、当時高価だった天体望遠鏡を学校関係者が購入可能な価格帯で製造販売していた。

五藤光学研究所の転機は1955年、五藤齊三氏がアメリカのプラネタリウムを視察したときだった。五藤氏は、そこでプラネタリウムの国産化を決意した。「このような高度な性能を持つ光学機器でも、その部品をつくっているのは中小企業だ。また、プラネタリウムは大量生産には向かない製品だ。是非、自社で手掛けてみよう」。

その後、五藤光学研究所はプラネタリウムの研究開発に着手。苦心の末に1959年、国産初のレンズ投映式プラネタリウムの開発に成功した。2号機はアメリカのブリッジポート博物館に納入されている。

国産初のレンズ投映式プラネタリウム「M-1」(c)GOTO

国産初のレンズ投映式プラネタリウム「M-1」(c)GOTO

1970年、大阪で開催されたEXPO’70日本万国博覧会で、会場内の「みどり館」に世界初の全天周シアター「アストロラマ」を開発し納入した。これは複数の映写機を用いて、ドーム型館内の天井全体に映像を投映する装置だ。「アストロラマ」は国内外から高く評価され、五藤光学研究所はプラネタリウムだけではなく映像機器開発の草分け的存在となった。

さらに2004年、五藤光学研究所は光学式プラネタリウムと全天周デジタル映像システムを融合した世界初の「ハイブリッド・プラネタリウム」を開発。通常、光学式プラネタリウムは恒星を投映するものであるが、そこに、全天周デジタル映像システムを使い、ドーム全天にさまざまな映像を重ね映すことで、星空や宇宙の状態を自在に表現することができる。

創業者の五藤齊三氏が1955年にアメリカを視察してから半世紀あまり。五藤光学研究所の歴史は日本のプラネタリウムの歴史だと言っても過言ではない。

国内シェア70%、世界シェア40%という実力

五藤光学研究所は、1959年から数えて国内合計286台のレンズ投映式プラネタリウムを製造し納品したという。また、理科教育向けのピンホール式プラネタリウムを全国各地の教育機関に納入するなどシェアを広げていき、今では国内シェアは約70%という圧倒的な強さを誇る。

五藤光学研究所のプラネタリウムは、従来の光学式だけでは表現できないさまざまな映像を映し出すことができる。写真は、国立科学博物館の全球型映像施設「シアター36○」での映像(c)GOTO

五藤光学研究所のプラネタリウムは、従来の光学式だけでは表現できないさまざまな映像を映し出すことができる。写真は、国立科学博物館の全球型映像施設「シアター36○」での映像(c)GOTO

1959年に初めてプラネタリウムをアメリカに納入した後は、アメリカ向けに積極的に輸出を行ってきた。当時アメリカでは、ジョン・F・ケネディー大統領の下、アポロ計画が実行され、国民に対しては、子ども時代から宇宙や天文に関心を持ってもらおうと学校教育用にプラネタリウムの導入が推進されていた。丁度その時期でもあったため、アメリカへの輸出は大きく伸びた。また、アメリカに納入した五藤光学研究所のプラネタリウムの品質の高さが評判として広まり、各国から受注も相次ぎ、五藤光学研究所は、アメリカに拠点を構えるなど、世界シェアを拡大することができた。

現在、五藤光学研究所のプラネタリウムの世界シェアは約40%、納入先はアメリカやアジア諸国をはじめとし、中南米、ヨーロッパ、中東・アフリカ、オセアニアの28カ国にのぼる。特に、ドイツはプラネタリウム発祥の地であり、世界最大のプラネタリウムメーカーはドイツのカール・ツァイス社である。そのドイツに2013年、初めて五藤光学研究所製のプラネタリウムが納入された。“ジャパンブランド”である五藤光学研究所の高い技術力が本家ドイツで認められた。

強さの秘訣は、こだわり

同社の強さの背景には、研究・開発へのこだわりがあった。五藤光学研究所へは、星の好きな人たちが入社してくる。好きだからこそ、妥協しないこだわりが生まれてくる。そして、そのこだわりが、高い品質と最先端を追い求める原動力になっている。

2013年、ラウムフルグプラネタリウム“ユーリイ・ガガーリン”(ドイツ)に納入した「クロノスII」(c)GOTO(写真左は五藤信隆社長、写真右はアメリカ在住のケン・ミラー取締役)

2013年、ラウムフルグプラネタリウム“ユーリイ・ガガーリン”(ドイツ)に納入した「クロノスII」(c)GOTO(写真左は五藤信隆社長、写真右はアメリカ在住のケン・ミラー取締役)

五藤光学研究所はプラネタリウムに関しては、開発、企画・設計から機器の製造(レンズ製作、研磨含む)、組み立て、搬入、据付、調整まで、すべての工程作業を自社で行っている。また、プラネタリウムの納入先に対しても、プラネタリウムで上映する映像プログラムの制作や運営サポート、機器の保守管理まで、一連の業務全てを支援できる体制を敷いている。プラネタリウムに関することであれば、すべてを自社で請け負えるという姿勢は、プラネタリウムに対するこだわりによるものだろう。

また、国産初のレンズ投映式プラネタリウムを開発してから半世紀あまりの間、技術開発を絶えず続けてきた背景にも、プラネタリウムのすべてを知り尽くした五藤光学研究所のこだわりがある。

プラネタリウムというマーケットで高い世界シェアを持つ企業として、星空のリアリティを追求してきた五藤光学研究所。これからも、たゆまぬ研究開発で星空の映像表現の最先端を切り拓いていくだろう。

企業データ
会社名 株式会社五藤光学研究所
代表取締役社長 五藤信隆
所在地 東京都府中市矢崎町4-16
業種 プラネタリウム開発製造販売等
掲載日:2014年3月27日


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