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JAPANブランドで新市場に臨む 日本の感性はこうして生かされた


日本発の動力式精米機を開発したサタケ(広島県東広島市)。同機械のより人力で行われた精米作業は機械化され、日本の農業や食品加工分野の生産性を飛躍的に向上した。その後、研究開発を進め、サタケの精米機はアジア諸国をはじめ、セアニア、中南米、ヨーロッパへと販路が広がっていった。(写真は、製粉技術と精米技術を融合させた製粉機「ペリテック製粉システム」)

明治の創業以来、日本の農業・食品加工分野の発展に貢献

サタケ初代社長の佐竹利市氏

サタケ初代社長の佐竹利市氏

1896年(明治29年)、サタケ(広島県東広島市)は日本初の動力式精米機を開発した。この機械の登場により人力で行われていた精米作業は機械化され、日本の農業や食品加工分野の生産性は飛躍的に向上した。

日本に産業革命を起こしたサタケは今、世界約150カ国に穀物加工の機械や技術を提供し、とくに精米機分野では世界トップシェアを誇る。世界の農業や食品加工の生産性向上や食文化の豊かさに大きな貢献を果たしている。

サタケは1896年、佐竹利市氏が創業した。利市氏は幼いころから神童と呼ばれ、農業を営むかたわら、数学の才能を生かして土地測量に従事したり、山陽鉄道(現JR山陽本線)の敷設工事における主任技師として活躍したりしていた。1896年、日本で最初の動力式精米機を開発し、サタケの前身である佐竹機械製作所を創業した。

初代社長・佐竹利市氏が開発した日本で最初の動力式精米機(4連唐臼搗精機)

初代社長・佐竹利市氏が開発した日本で最初の動力式精米機(4連唐臼搗精機)

広島県の東広島市西条は、灘、伏見と並ぶ日本の三大銘醸地だ。よく親しまれている「吟醸酒」「大吟醸」は、利市氏の開発した動力式精米機によってはじめて醸造が可能になった。「吟醸酒」「大吟醸」は米の中心部分を使って醸造される。しかし、米の中心部を取り出すには、米を壊さずに小さくしていかなければならない。この精米作業に技術革新をもたらしたのがサタケの動力式精米機だった。利市氏の功績は高く評価され、1944年に藍綬褒章受章、1958年に正六位叙位、勲四等瑞宝章叙勲などしている。

2代目社長の佐竹利彦氏が開発したコンパス精米機

2代目社長の佐竹利彦氏が開発したコンパス精米機

2代目社長の佐竹利彦氏は、コンパス精米機の開発など、近代精米技術の進歩に寄与した。コンパス精米機は現在の精米機の世界標準にもなっており、現在の世界の大型精米工場でサタケの精米機シェアは70%以上であるという。

利彦氏の功績も高く評価され、1950年に藍綬褒章受章、1982年に勲三等瑞宝章叙勲、東京大学で農学博士号を取得、東京農業大学と広島大学から名誉博士号を授与されるなどしている。


現社長の佐竹利子氏が開発したキッチン用精米機「マジックミル」

現社長の佐竹利子氏が開発したキッチン用精米機「マジックミル」

3代目社長の佐竹覚氏は、1991年に製粉技術と精米技術を融合させた技術を開発し、科学技術庁長官賞を受賞。製粉機市場に参入した。覚氏も米の選別に関する研究などの功績が高く評価され、英国マンチェスター工科大学から名誉工学博士号を授与されたほか、東京大学で工学博士号を取得、2000年に従六位叙位、勲五等双光旭日章叙勲などしている。

4代目社長の佐竹利子氏は、パック米飯や乾燥米飯、キッチン用精米機等を開発したほか、発芽米に含まれる機能性成分の効率的な生成法の研究開発に取り組み、2005年に京都大学で農学博士号を取得した。

利子氏の功績も高く評価され、2000年に食品産業優良企業表彰において農林水産大臣賞を受賞、2001年に広島大学から名誉博士号が授与され、2009年に発明協会より発明奨励功労賞を受賞、2010年に藍綬褒章受章、2013年に特許庁より知財功労賞・経済産業大臣賞を受賞するなどしている。

戦前に遡る海外貢献活動

サタケは1939年、旧満州(現中国東北部)に満州佐竹製作所を設立した。当時、旧満州では人々のビタミン不足による「かっけ」という健康上の問題があった。この問題を解決するため、サタケは胚芽米(胚芽が付いたままの米)をつくるための精米機を開発し、この精米機を旧満州ひいては中国全土に普及させた。

サタケの精米機が並ぶタイの精米工場内部

サタケの精米機が並ぶタイの精米工場内部

また、同時期に東南アジア諸国にも精米機を提供した。サタケの精米機が提供された国々では、「SATAKE」が精米機を意味する言葉として使われるほど、サタケの精米機は広く普及していた。

歴代社長によって精米機の研究開発が進められたことも背景にあり、サタケの精米機は、戦後、アジア諸国をはじめ、オセアニア、中南米、ヨーロッパへと販路が広がっていった。

1991年からは、製粉機市場にも参入し、現在、サタケは世界11カ国に生産・販売拠点を持ち、「米、麦、とうもろこし」という世界三大主食に関わる加工機械を約150カ国に提供している。特に大型精米機の分野では、世界トップシェアを誇る。

サタケが精米機で新たに他の国へ参入しようとした時、他国の市場には、実はすでに現地メーカーなどの精米機が存在していた。しかし、仕上がる米の綺麗さ、割れていない完成度などにおいては、サタケの精米機の性能が極めて高いため、海外メーカーからサタケの精米機へと乗り換えるケースが数多く見られた。サタケの高い技術力も背景にあり、サタケの精米機は着実に世界シェアを高めていった。

世界のリーディングカンパニーとしてのサタケ

サタケには初代社長の時代から伝わる社是がある。

 一つ、我等には世界最高の商品を開発普及する使命がある。
 一つ、我等には顧客への奉仕と文化の向上を期する責任がある。
 一つ、我等には総親和のもと会社と従業員の反映を計る義務がある。

佐竹利子社長。今後も社是を胸に、世界の農業・食品加工分野での貢献をしていく

佐竹利子社長。今後も社是を胸に、世界の農業・食品加工分野での貢献をしていく

サタケは、社是「世界最高の商品を開発普及する使命」を戦前から果たしてきたと共に、「顧客への奉仕と文化の向上を期する責任」をも果たしてきている。例えば、1966年にはカンボジアへ1トンタイプの精米機を寄贈し、シアヌーク国王から当時の利彦社長へ勲二等工業勲章が贈られている。また1984年にはタイへ、1995年にはフィリピンへ経済援助として精米工場を寄贈し、2006年にはタイにバイマスガス発電施設を開設、タイ王女の訪問を受けている。

明治期以来、世界の農業・食品加工分野に多大な貢献をしてきたサタケ。今後も世界のリーディングカンパニーとしての活動を続けていく。

企業データ
会社名 株式会社サタケ
代表取締役社長 佐竹利子
所在地 広島県東広島市西条西本町2-30
業種 食品産業総合機械及び食品の製造販売等
掲載日:2014年3月24日


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