本文とサイドメニューへジャンプするためのナビゲーションスキップです。

スタートアップガイド

J-Net21 中小企業ビジネス支援サイト

  • J-Net21とは
  • スタートアップガイド
中小機構
  • メルマガ登録
  • RSS一覧
  • お問い合わせ

HOME > 事業を広げる > JAPANブランドで新市場に臨む

JAPANブランドで新市場に臨む 日本の感性はこうして生かされた


増永眼鏡(福井市)は、日露戦争翌年の1905年に創業した老舗の眼鏡枠メーカーだ。創業者の増永五左エ門氏が雪に閉ざされた農閑期に、地元の人々の収入を補うために起こした事業だった。すべての工程を自社で行う技術力が評価され、1990年代にはヨーロッパだけでなく、アジア、アメリカへも展開していった。

眼鏡枠の産地の礎となった会社

増永眼鏡(福井市)は、1905年(明治38年)に創業した老舗の眼鏡枠メーカーである。増永眼鏡の技術力は高く、創業の6年後、1911年(明治44年)には、内国勧業博覧会で一等金杯を受賞、1933年(昭和8年)には昭和天皇の福井県行幸の際に同社製眼鏡を献上している。

増永眼鏡の創業者・増永五左エ門氏(中央)。子どもたちがつくり手の中心だったため、製造工場の2階に夜間学校を開設した

増永眼鏡の創業者・増永五左エ門氏(中央)。子どもたちがつくり手の中心だったため、製造工場の2階に夜間学校を開設した

創業者の増永五左エ門氏が眼鏡枠の製造に乗り出したのは地元のためであった。当時村会議員だった五左エ門氏が、地元の人々が雪に閉ざされた農閑期に、農業以外での収入を得ることができないかと考え、取り組んだのが眼鏡枠製造であった。当時はまだ、眼鏡は一般的ではなく国内の主要生産地は東京と大阪だけ。まだ珍しかった眼鏡に狙いを定め、その製造に取り組んだのは、先見の明によるものだった。

創業時は学校を出たばかりの子どもたちがつくり手の中心であった。「将来は、彼らが自分たちで食べていけるようになってほしい。豊かに生活していけるようになってほしい」という思いから、製造の傍ら工場の2階で夜間学校を開き教育もし、職人として育った彼らを独立させていった。

福井県は眼鏡枠の産地として栄え、現在の国内シェアは90%以上、世界では20%以上であると言われている。まさに「世界の有数の眼鏡枠産地」だ。この福井県の眼鏡枠産業の源流は増永眼鏡であると言っても過言ではない。

全行程を自社で行う

福井県の眼鏡産業は、大手企業と子会社や孫会社などで形成される“企業城下町”の形態ではなく、眼鏡の企画や金型、組み立て、研磨などの得意分野を持つ独立した企業が集積している。その中にあって、異彩を放っているのが増永眼鏡だ。繁忙期には一部を外注することもあるが、同社は全ての工程を自社で行う体制を整えている。収益性の面からみれば、得意分野に特化して苦手な部分は外注したほうが効率的だ。しかし、増永眼鏡には眼鏡枠産地の礎(いしずえ)になった会社という自負と、技術を後世に残すという思いもあり、一貫生産体制を維持しているのだという。

眼鏡枠の一貫生産体制を整える増永眼鏡(写真は研磨[左]と仕上げ工程)

眼鏡枠の一貫生産体制を整える増永眼鏡(写真は研磨[左]と仕上げ工程)

そんな増永眼鏡も、1960年代後半までは国内の眼鏡卸業者向けOEM(相手方ブランド)製造が主であった。しかし、70年代からオリジナルブランドを手がけるようになった。長期的に見た場合、自社ブランドを持たなければ成長も生き残りもできないという経営判断からだ。

欧州・米・アジアに進出

海外で人気の高い「G.M.S」

海外で人気の高い「G.M.S」

自社ブランドの展開に合わせて、1970年代後半には海外の展示会に出展。本格的な海外展開のきっかけとなったのが1980年台前半に、スイスの会社が「増永眼鏡の商品を取り扱いたい」と願い出てきたことだった。当時の両社の社長同志、意気投合し代理店を設立した。この取引がヨーロッパ市場進出への足がかりになった。

1990年代からは、ヨーロッパだけでなく、アジア、アメリカへも展開していった。1992年にはマレーシアに支店と工場を設置し、アジアでの製造・販売拠点を設けた。さらに1995年には香港、1999年にはアメリカに子会社を設立した。

欧米ではなかなか思うように売り上げを伸ばせない時期があったそうだが、ここに来て再度の攻略を始めており、アメリカをはじめ、フランス、イタリアでも着実に売り上げがアップしているという。このような積極的な海外展開の結果、販売数量の国外比率は現在では、海外のほうが大きくなっている。

国内と同じクオリティを

20数年前にアジアの生産拠点としてマレーシアを選んだのは、単につくれるということではなく、「国内本社工場と同じクオリティで安定して製品をつくれる所」を探した結果だったという。マレーシアはイギリスの植民地だったという背景もあり、公用語は英語であり、中国や他の東南アジア諸国と比較しても教育水準が高く、治安も安定しているため選んだという。

ブランド価値を高める戦略

同社の眼鏡は特に欧米での評価が高く売上高の伸び率が大きい。増永宗大郎社長は、今後は日本を含め、アジアのマーケットも伸ばしていきたいと考えている。

欧米での売り上げが伸びて行った理由を振り返ると、結局、そこで製品を販売する人の力によるところが大きいという。販売においては、ただ商品を売るのではなく、まず、会社の成り立ちや背景を顧客に伝え、増永眼鏡という会社そのもののブランド価値を高めていくような営業活動が大事になる。

世界最大規模の眼鏡国際展示会「SILMO(シルモ)展」で審査員特別賞を受賞した「GMS limited 2013」(左)と受賞トロフィー

世界最大規模の眼鏡国際展示会「SILMO(シルモ)展」で審査員特別賞を受賞した「GMS limited 2013」(左)と受賞トロフィー

アメリカやヨーロッパでの売り上げが好調であることの背景には、このブランド価値を高めるという一連の営業活動があった。例えば、昨年、仏パリで行われた世界最大規模の眼鏡の国際展示会SILMO(シルモ)展に出品した製品が、眼鏡業界で最も権威のある賞「シルモドール」の審査員特別賞を受賞した。このことも欧米でのブランディングの高い評価につながっている。国内だけではなく、海外市場での展開がますます加速していくだろう。

企業データ
会社名 増永眼鏡株式会社
代表取締役社長 増永宗大郎
所在地 福井県福井市今市町4-15
業種 高級眼鏡フレームの製造及び販売
掲載日:2014年2月28日


このページの先頭へ