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JAPANブランドで新市場に臨む 日本の感性はこうして生かされた


武器は開発力、情報収集・提供力-「化粧用スポンジ」雪ヶ谷化学工業
1976年に天然ゴムから合成ゴムへの置き換えに成功し、化粧用NBRスポンジを開発した雪ヶ谷化学工業(東京都大田区)。天然ゴム製は油に弱く形が崩れ膨む欠点を克服した。同製品が国内外の化粧品会社の目に止まると一挙に販路を拡大。もっとも、同社の成長を支えたのは開発力だけではない。多角的な情報収集と、情報を基にした顧客対応力があった。

従来製品の欠点克服、国内外から注目集める

1951年創業の雪ヶ谷化学工業(東京都大田区)は、スポンジの製造技術を活かして生活資材やパッキンなどをつくっていた。1960年代前半には化粧用スポンジの生産を開始。また、従来から製造していたゴム系のスポンジはバストパットにも利用され、会社は順調に成長していった。その後、独自開発した化粧用NBRスポンジで世界シェアトップの企業となった。原動力は商品開発力と情報収集・提供力だった。

海外でも人気の化粧用スポンジ「ユキロン」シリーズと「テラヴィーナス」シリーズ

海外でも人気の化粧用スポンジ「ユキロン」シリーズと「テラヴィーナス」シリーズ

従来の化粧用スポンジは天然ゴムを使用したものが使われていた。機能的には優れているが、天然ゴムを使用したスポンジは油に弱い。顔料を油性成分で固めたファンデーションに使うと、形が崩れ膨らんでしまう欠点があった。

欠点を克服するため、雪ヶ谷化学は新たなスポンジの開発に着手した。5年後の1976年に合成ゴムへの置き換えに成功、化粧用NBRスポンジを完成させた。ちょうど同時期に、ファンデーションとスポンジが一つのケースに収められたタイプのコンパクトケースが発売され、同ケースに雪ヶ谷化学が開発した新スポンジが採用された。

このことがきっかけとなり、同社のスポンジが国内の化粧品会社に一気に広まった。また、海外の化粧品会社の目にも止まり、急速に海外の大手化粧品メーカー各社に販路を拡大、1980年代初めには海外マーケットを押さえるまでに至った。

海外のビジネスパートナーとは家族同然の付き合い

雪ヶ谷化学は、「独創的な高機能のスポンジで広く社会に貢献したい」という社是に基づき、「自社は良い商品づくりに特化し、販売は得意な会社に依頼する」という方針をとっている。

「海外代理店との取引には信頼関係の構築が何よりも大切」と語る、雪ヶ谷化学工業の坂本昇社長

「海外代理店との取引には信頼関係の構築が何よりも大切」と語る、雪ヶ谷化学工業の坂本昇社長

化粧用NBRスポンジが開発された当時、海外からいくつかの商談が持ち込まれた。そこで、この商品は海外でも通用するのではないかと考え、代理店を探すこととした。少しずつ取引をする中から代理店としてふさわしい会社を選んだ結果、米ニューヨーク、英ロンドン、仏パリにある会社とそれぞれ代理店契約を結んだ。すでに世界の化粧品業界に販路を持つ代理店の協力もあり、雪ヶ谷化学は販路を拡大した。

文化も商慣習も違う海外代理店との取引では、信頼関係が重要な要素となる。代理店を単にビジネスパートナーと割り切るのではなく、双方の家を行き来するなどして家族的な関係を構築してきた。3代目の坂本昇社長にとって、現在の各代理店のトップは子供のころから知っている外国人で、互いに理解し話し合える相手となっている。信頼醸成することで、トラブルがあっても困難を乗り越えることができる真のパートナーになるという。

近年では会社の知名度向上にともない、ホームページから直接取引を希望してくる場合もあるが、代理店がフォローしている地域の新規企業との取引は、できるだけ代理店を通じて行うようにしている。このような配慮も必要となる。

海外現地スタッフは日本で教育

最初に海外工場を設立したのは、天然ゴムの産地であるマレーシアで、1975年のことだった。雪ヶ谷化学は同国進出前から、「マレーシアの天然ゴムを使ったビジネスを手がけたい」との意思を日本ゴム工業会(東京都港区)に伝えていた。その結果、日本ゴム工業会の協力を得て、念願のマレーシアに工場を設立することになった。

膨らむ海外需要を取り込むために、国外での進出拠点づくりを積極化

膨らむ海外需要を取り込むために、国外での進出拠点づくりを積極化

マレーシア工場設立当初は、化粧用スポンジ以外の商品を生産していたが、化粧用スポンジの需要の高まりを受け、化粧用スポンジの生産量を拡大することになった。それは、化粧用NBRスポンジが世界の大手化粧品メーカー各社に採用された後の80年代後半のことである。スポンジは製造過程で熱を与える必要があるため、気候が温暖なマレーシアで生産するメリットは大きい。他の企業にないアドバンテージも加わり、マレーシアへの進出効果は大きかった。

その後、海外での需要がさらに増え、1992年に中国・上海に工場を設立。マレーシア工場と同様に、工場勤務スタッフは現地で採用し日本の工場で教育した。日本で6カ月程度教育すると、すぐに商品の生産に取りかかることができるほど技能を高めた。工場を管理するマネージャーも、できるだけ現地スタッフから選抜している。マネージャークラスのスタッフは定期的に日本で研修をしている。一定期間だけでも、共に仕事をすることで、会社へのロイヤリティも高まる。

マネージャークラスのスタッフは、日本の研修で学んだことをマネージャー候補者に指導している。優れたマネージャーも集まってきており、工場は順調に稼働しているという。また、化粧品会社からの要請で、2002年にはタイに合弁会社を設立し工場を建設した。ここでつくられるスポンジは半分がローカル向けだ。

世界トップ企業の武器は商品開発力と情報収集・提供力

市場や顧客ニーズの変化を敏感に察知し、常に新たな商品を開発していなければ世界トップ企業としてのポジションを維持できない。雪ヶ谷化学の商品開発の姿勢は、『プロダクト・イノベーション』という言葉に集約される。これは、市場ニーズを先取りした画期的な商品の開発、すなわち消費者自身も気づいていない潜在的なニーズを商品化するという意味である。

雪ヶ谷化学工業は化粧用スポンジ製造の高い技術を活かし、他の商品も開発している(写真は同社製のスピーカーエッジ)

雪ヶ谷化学工業は化粧用スポンジ製造の高い技術を活かし、他の商品も開発している(写真は同社製のスピーカーエッジ)

加えて、雪ヶ谷化学の強みは情報収集力だ。同社は化粧品から容器まで、化粧品に関わるあらゆる分野の業界の企業と幅広く付き合っている。このため、さまざまな内容の情報が集まってくる。さらに、各国の代理店からも業界や消費者ニーズについての情報が寄せられる。この情報網を基に、化粧品業界の情報を多角度で把握しているため、顧客からの相談に対し、素早くかつ的確に答えることができるのだ。

商品力というハード面に加え、顧客対応というソフト面でも幅広く顧客を満足させることができる競合企業は今のところほとんど存在していない。商品開発力と情報収集・提供力が雪ヶ谷化学の大きな武器であり、他社との差別化ポイントとなっている。

雪ヶ谷化学の売上高に占める化粧品関連商品売上比率は75%と高い。経営を安定させるため、同社は商品開発過程で副次的に産まれた技術や商品を使い、新分野の開拓にも積極的に取り組んでいる。プロダクト・イノベーションを掲げ実践し続けるかぎり、雪ヶ谷化学が築いてきた地位が揺るぐことはないだろう。

企業データ
会社名 雪ヶ谷化学工業株式会社
代表取締役社長 坂本昇
所在地 東京都大田区大森北6-23-22
業種 化粧用スポンジ製造等
掲載日:2014年2月19日


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