本文とサイドメニューへジャンプするためのナビゲーションスキップです。

スタートアップガイド

J-Net21 中小企業ビジネス支援サイト

  • J-Net21とは
  • スタートアップガイド
中小機構
  • メルマガ登録
  • RSS一覧
  • お問い合わせ

HOME > 起業する > 闘いつづける経営者たち

闘いつづける経営者たち


画像をクリックすると拡大表示します

04.長持ちで資産価値と利用価値のある家を通して、家族の幸せをデザインし続けたい

100万円単位のコストダウンにつながった

宮沢俊哉が住宅建築の合理化を目指して取り組んだ単価データベースの構築。釘やビスにまで至る建築資材や大工作業を分類、その単価をパソコンに入力するという気の遠くなる作業は10年近く続いた。

入力が一段落すると宮沢は、休む間もなく項目内容の見直しに心血を注いだ。

あくまでも大工の強みを生かした作業上の工夫をベースに、コスト低減と作業日数の短縮を目指す。だから品質を落とさず適正な価格で、ユーザーが期待する以上の家を提供する仕組みができた。それはもちろん大工出身の宮沢だからできたことだった。

結果、従来2万項目余りだった資材は約4,500項目、1/4にまで減った。住宅建築の合理化システム「アキュラシステム」の完成だった。しかし宮沢はこれで満足することはなかった。

「大工の作業項目ではいくつかの作業を1つのユニットとする方法を取り入れたり、並行して作業をする体制をつくったりと、あらゆる角度から工程を日々見直し、家づくりの工夫を追求・実践しています。一棟当たりたとえ数千円程度でも、まとまれば大きな金額ですから」

その成果は、1棟当たりの工数を約40%削減(納期が約半分)させ、資材を含めると約100万円単位のコストダウンにつながることもあった。そして宮沢はこのコストダウン分をたんに価格に反映させるのではなく、部材のグレードアップや住宅の品質、性能の向上に割り振った。

血肉を売る

「注文住宅がどうしてこの価格でできるのか」「どうやっているのか教えてほしい」「使わせてほしい」―。挙句にはシステムを「売らせてほしい」という工務店や企業まで現れた。貴重なノウハウのかたまり、「アキュラホームの血肉を売るのか」との批判もあったが、宮沢は公開することを決断した。

「自分が正しいと思ってやってきたことが、ほかでも通用することを立証したかった」のが理由だ。またシステムを提供することによって、カバーしきれていない新たな情報が入ってくるかもしれないという期待もあった。

「でも本当は自分は止まっていられない人間。何かを成し遂げると、また違うことをやりだす。自分で自分のお尻に火をつけてしまうタイプ。どうせ止まれないのなら外に出して、また一生懸命に開発しようと考えました」

94年、「アキュラシステム」は住宅建設事業総合支援システムとしてパッケージ化され、外部へ供給が始まった。

「おかげさまで一気に広がりました。今では2,500以上の工務店がアキュラシステムを導入しています」

アキュラシステムが全国に広がり始めると「フランチャイズ・チェーン(FC)」化という議論が湧き上がった。FCの原理は同じ商品を同じブランド、同じショップ、同じ売り方で展開していく金太郎飴。

だが宮沢は「注文住宅は、独自性はもとより地域性の配慮も必要、FCにはなじまない」と考えた。

「そこでアキュラシステムのユーザーから『仲間同士の組織がほしい』」という声があがってきたのを契機に、家づくりの基本要素の共有や合理化に対する情報交換ができたらいいなと考え、98年、アキュラネット(05年にジャーブネットに改称)という連合体を設立しました」

東村山市本町地区プロジェクトでは申込抽選最高倍率が50倍を超えることも・・・。宮沢の家づくりが幅広く支持されている証拠だ

東村山市本町地区プロジェクトでは申込抽選最高倍率が50倍を超えることも・・・。宮沢の家づくりが幅広く支持されている証拠だ

宮沢の理想は、FCのような縛りを設けず「いい家を作りたい」という同じ目標を持つもの同士が、さまざまな情報を共有・活用し、それでいて各社が主体性を持って行動、持ち味を発揮できる組織だった。

01年、そのアキュラネットで取り組んだ提案型の商品開発プロジェクトの成果が再び「M21」という形で発売される。6項目で性能最高等級を実現した86年以来の坪21万円からの注文住宅だ。アキュラネットの快進撃が始まった。

08年、アキュラネットには約600社が加盟し、年間1万棟近くを建築。06年度住宅供給戸数では大手と並んでトップ10に入るほどの日本最大級の工務店組織に成長している。

200年住宅―それは通過点に過ぎない

アキュラホームは04年、坪30万円を切る次世代省エネ住宅「HARUNO」を開発した。またそれまでの取り組みや功績から経済産業省の次世代省エネ住宅普及促進事業研究会に招聘され、普及のビジネスモデルづくりに参画している。

また05、06年と連続してグッドデザイン賞を受賞しているほか、東京都の住宅価格3割引き下げ実証実験事業者にも選定されている。

これは石原慎太郎・東京都知事の「東京都の戸建て住宅は狭くて高すぎる」「良質な住宅をいまより3割程度安く提供できるはず」という思いを受けてスタートした東京都東村山市本町地区のまちづくりプロジェクト。

アキュラホームも設計の標準化、部品・部材の少点数化、資材流通経路の短縮、重層下請の排除、無駄のない工程管理に加え、生産システムの面での実効性と汎用性、そして建築後のメンテナンスや間取りの変更にも配慮されていることが認められた。

さらにこうした取り組み以外にも公開実験で耐震性能を実証するなど、相次いでユーザーニーズに応じた新機軸を打ち出している。

なかでも宮沢の思いを反映している住宅が08年1月に発売した200年住宅を目指した「OPTIS」。宮沢が家づくりで歩んできた30年間の集大成だ。

「木造住宅でもしっかりつくれば100年は持つはず。でも日本の場合、子供の独立など住む人のライフステージが変わってリフォームしようとすると、ものすごくやりづらい。結局、建て替えた方がいいとなって寿命30年といわれる」

OPTISは耐久性、耐震性といった基本性能はもちろん、ライフステージ、ライフスタイルの変化に対応して低価格で柔軟に間取りを変更、リフォームできる可変性がポイント。

「日曜大工をする人であればコツさえつかめば自分でもできる」という。

宮沢が家づくりにかけた30年の集大成となる「OPTIS(オプティス)」。予算や敷地などの条件、暮らしの変化などに柔軟に対応し、世代を超えて住み継ぐことができるようにしたという

宮沢が家づくりにかけた30年の集大成となる「OPTIS(オプティス)」。予算や敷地などの条件、暮らしの変化などに柔軟に対応し、世代を超えて住み継ぐことができるようにしたという

「人口減少の中で長寿命住宅は自分の首を絞めることになる」という意見は社内にもあった。しかし宮沢は「それはおかしい」という。

「確かに人口減少は業界に逆風。家が高くて長持ちしない。ローンに追われ人生を豊かに送ることができない。2015年には今のプレーヤーの3分の1は厳しい選択を迫られるかもしれない」

さらに宮沢はこう続ける。

「欧州では年収が我々より3割も低いのに豊かな人生を送っている。お客さまの立場に立ち、長持ちで資産価値と利用価値のある家を供給するのが我々の使命だと思うんです」

この思いのすべてをOPTISに込めた。

だが宮沢にとって200年住宅とは1つのキーワードであり、そして通過点に過ぎない。見据えているのは、いつの時代にもユーザーの支持が得られる「家」を提供し続けることだけである。

つねに夢を持ち、道を進む

200年住宅には、長期間にわたり周辺環境との調和が保たれるのかという問題もある。流行に乗ってアーリーアメリカンだ、スウエーデン風だ、プロバンス風だと追いかけると、ブームが去った瞬間に建物が浮いてしまう。

だから宮沢は2年前から、いつまでも飽きのこない住宅デザインの研究を始め「デザインコード(原則)」を開発した。それは例えば法隆寺の五重塔のように数千年たっても美しいと思える普遍の美しさだ。左右対称だったり、連続の美だったり、そういうデザインの原則を追求している。

これはすべて年月を経て周りの環境から浮いてしまったり、建て替えざるを得なくなることがないよう資産価値の高い家を提供したい・・・との思いからだ。

新入社員の入社式では宮沢自らが「鉋(かんな)がけ」を披露する。「言葉では表すことのできない」作り手の思い、匠の心を伝えたという思いからだ

新入社員の入社式では宮沢自らが「鉋(かんな)がけ」を披露する。「言葉では表すことのできない」作り手の思い、匠の心を伝えたという思いからだ

ところでその宮沢は、08年3月より「しあわせ一時金」制度を社内で新たにスタートした。社員の福利厚生や社会的な問題となっている少子化対策への一環として、1人目の出産時には30万円、2人目は50万円、そして3人目以降は1人につき100万円の出産祝い金を支給する。

なぜここまで?―それは顧客の幸せづくりの手伝いをしている社員も幸せであって欲しいとの考えからだ。

宮沢はこれまで幾度の苦難を乗り越え、つねに誰のための家なのかを考えるようになった。社長になっても一人ひとり住む人の顔を思い浮かべる。

家づくりと言ってしまえばそれまでだが、その家づくりを通して、そこに住まう家族の幸せをデザインする、幸せづくりの手伝いをさせてもらっていると考えている。

宮沢にとっては社員すべてが自分の家族だし、手がける家のすべてが自分の子供でもある。だからそれに関わる社員みんなも幸せであって欲しいー。そんな思いが同制度を立ち上げた。

「学歴がない、大工出身の社長」(笑)と答えるが、「思い」と「技」を備えた宮沢。そしてそれを社員一人ひとり、地域の工務店の職人が体現するAQURA(Approving:満足のいく、Quality:品質を、Undertaking:約束する、Recent:新鮮な、Activity:活動)の家づくりは、これからも人の輪、街の和を生み出し続けていく。


宮沢 俊哉 プロフィール

1959年、東京都生まれ。中学校卒業と同時に埼玉県の工務店で大工修行を始める。18歳にして新築住宅一棟を手掛けるようになるものの工務店の倒産で独立。19歳で「都興(みやこ)建設」を創業し、家屋の修繕・リフォームを手掛ける。1981年、「(有)都興営繕」を設立し、一般ユーザーを直接対象にしたリフォーム業で成功を収め、1986年に新築住宅部門「(株)すまいの都」を設立。同年、住宅建築の合理化システム「アキュラシステム」の前身となるコスト分析をスタート、坪単価21万円の自由設計による注文住宅「M21」を開発し、大ブレークする。1989年、輸入住宅専門会社「(株)ノースアメリカンホームズ」を設立するが「適正価格・高品質でお客が納得できる家」という原点に立ち返る。91年、「(株)すまいの都」を「(株)アキュラホーム」に社名変更し、96年に「(有)都興営繕」、「(株)ノースアメリカンホームズ」を吸収合併。自社の合理化ノウハウをアキュラシステムとして成熟させ、全国2,400店の工務店に公開。1998年、全国600店もの工務店連合「JAHBnet(ジャーブネット)」を主宰。著書に「住まいづくり、第三の選択(現代書林)」「安くて納得のいく家を建てたい(ダイヤモンド社)」などがある。

企業データ

株式会社アキュラホーム

〒163-0234
東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビルディング34F
TEL.03-6302-5001(代表)

事業概要:住宅事業、工務店支援事業、研究開発事業
設立:1981年(昭和56年)5月
資本金:9,314万円
売上高:204億円(08年2月期)
従業者数:594名(08年3月末)


掲載日:2008年5月 8日


このページの先頭へ