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04.「一生懸命に勝るものなし」。だからひたすらまい進し続けるしかない
必死で社員を怒れるようになった
「メンターは特にいない」という矢野だが、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊名誉会長に会っていなかったら、今日の自分はなかったといってもいいくらい、影響を受けたという。
初めて伊藤会長を訪ねたときのこと。相手は大会社の会長。少し話せるのがせいぜいだと思っていたら、1時間を過ぎ1時間半を過ぎても話は続き、その間、いろいろな人を呼び付けては、ずっと怒鳴りながら指示を飛ばしていた。
これまで松下幸之助のように、組織を動かすことに重点を置くのが経営者だと信じていた矢野は、驚くとともに、商人のあり方について深く感銘を受けたという。
経営者というのは八百屋のおやじでいいのだ。必死になって一所懸命怒鳴って社員を教育することが'商人の謙虚さ'なのだと、伊藤会長に出会って悟った。
これまで、細かいことをくどくど言うのは恥ずかしいこと、しつこいのは良くないことだと思っていたが、伊藤会長に出会って、その考えは大きく変わった。
「これまで社員を怒ることができなかった。つぶれる会社に勤めてくれる社員を怒ることができるはずがない。そう思っていけど、この日を境に、社員を怒れるようになった。しかも、必死で怒れるようになった」
これが、ダイソーが成長した大きな理由だという。
矢野流ができあがった
伊藤会長のほかにも、多くの先輩たちが矢野を支えた。ユニーの家田美智雄元会長もそのひとり。数々のユニークなエピソードから、その人柄をうかがうことができる。
家田会長は、「私は社長として能力が足りないから、会社の不備を見つけながら歩くのが仕事。普通のゴミは誰でも見つけられるけど、小さなゴミは私にしか見つけられない」といって、社内で起きている不具合を見つけて歩いた。
また、6畳一間にちゃぶ台のような机を置いた社長室で仕事をしながら、社長室も応接室もないダイソーを「夜逃げしやすい、いい会社」と褒めたという。
中央大学の先輩、セブンイレブン・ジャパンの鈴木敏文会長にも多くのことを学んだという。鈴木会長も朝から晩まで怒っている。今日の同社の美味しいカレーパンが生まれたのも、鈴木会長の激怒があったからだという。
当時、カレーがパン生地にくっついたような商品を食し、「こんな美味しくないカレーパンを売って、会社を潰す気か」と、社員を怒鳴ったそうである。その後、具の大きなぷっくりとした今日のカレーパンが店頭に並んだ。
流通業界を先導してきた先輩たちから、多くのことを学んだ。気付かされることあり、再確認することあり。そして、矢野流ができあがった。
会社が成長する一方で、矢野は心のモヤモヤを抱えていた。このモヤモヤが晴れたのは、15年ほど前のこと。京都のある僧侶の話がきっかけだった。
ある結婚式に出席したとき、京都の僧侶の挨拶があった。「これからの人生において、苦しいことや悲しいことがあるだろうが、人生は修行。苦しみや悲しみを乗り越えてこそ、人生。苦しみ、悲しみに負けないよう手を取り合って、頑張ってくださいね。人生に無駄なものはひとつもないのですよ」
帰りの電車の中で、この言葉を思い返した。
「今まで人生は苦しく、自分の人生は無駄なものしかないと思っていたけれど、苦しみや悲しみを乗り越えるための修行だったのかな。全部無駄だと思っていた人生だけど、無駄ではなかったのかもしれない」。
こう思ったら心が晴れてきて、これまでのモヤモヤが吹き飛んでいくようだった。
予測なんてできないし、能力がないから、売れればいい
20世紀は、やるべきことをやれば一定の成長は約束された時代だった。しかし21世紀の企業経営を取り巻く環境は、複雑な連立方程式にも似た難解さに満ち溢れる。グローバル化、安全・環境ニーズの高まり、世界的な人口爆発と国内の人口減少に伴う需要の減退―。
これまで誰も想定しなかった要素が絡み合い、進むべき道をまったく予測できない時代になった。企業に求められるのは、時代の変化に対応できるだけの柔軟性。生き方を自在に変えていける企業だけが、成長を持続できる。
矢野はいう。「元来、人間には、将来を見通す力なんてない。予測なんてできない」と。言葉の裏には、ただひたすら商いを営み、挑戦してきた者の信念めいたものがうかがえる。
「能力がないから、売れればいい。生きていければ、それでいい」。数々の難局を切り抜けてこられたのは、「ただ一所懸命頑張る」をひたすら実践してからにほかならない。
およそ上場企業には似つかわしくない質素なつくりの本社建屋。社長室も応接室もない。秘書もいない。グローバル企業に成長したいまも、創業時とほとんど変わっていない。
「昨日までの考え方を否定し、新しく生まれ変わる」ことの必要性を説く一方で、そこにはダイソーのかたくなな一面と強さの一端がにじみでる。だだっ広いフラットなオフィスでは、きょうも所狭しとばかりに社員が走りまわる。そして矢野の怒声がこだまする。
矢野博丈プロフィール
1943年生まれ。66年中央大学卒業後、学生結婚した妻の実家のハマチ養殖業を手伝う。3年後に倒産し、借金を抱え夜逃げ同然で上京。その後、書籍の営業やちり紙交換など転職を9回重ねる。ある時、移動販売に集まった人だかりを目にして、移動販売業を始めることに。「矢野商店」を立ち上げ、夫婦で一心に働き、値札を貼る手間も惜しいと、100円均一を導入した。社名も大きく創るという願いを込めて「大創産業」とし、質の高い商品展開に力を注いだ。移動販売を続けるなか、とあるスーパーから出店の誘いを受け、固定の店舗での展開を始める。固定の店舗での集客、売り上げは順調で、1991年に直営第1号の「高松店」をオープン。その後、着々と店舗を増やし続け、今では毎月、20〜30店舗を新しくオープンするまでになった。近年は、100円以上の高額商品の扱いも始めている。
〒739-8501
東広島市西条吉行東1丁目4番14号
TEL:082(420)0100(代表)
事業概要:100円ショップ ザ・ダイソーのチェーン展開
設立:1977年12月
資本金:27億円
売上高:3380億円(2008年3月期)
従業者数:400名
掲載日:2009年5月18日









