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闘いつづける経営者たち


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04.会長室の扉は常に開いている

大須賀塾で育てる企業風土

ハマキョウレックス名物の「大須賀塾」には毎月1回、各職場から約40人が集合する。大須賀正孝会長を中心にロの字型に机を並べ、互いの顔を見ながら日ごろの悩みを打ち明け、全員で解決に向けて話し合う。

初日は午後1時から5時過ぎまで、白熱した議論が続く。夕食時には参加者も完全に打ち解け、和気藹々とした雰囲気で会話がさらにはずむ。翌日午前中に全体を総括し解散となるが、「帰り際はみんな生き生きとして、参加前と明らかに表情が違う」と効果はてきめん。食事も宿泊も費用は会社の全額負担。費用はかさむが「これは生きた金の使い方。人こそがお金を生む原資なのだから」と信念を貫く。

次世代へ「心」つなぐ

2010年1月4日、後藤光明前社長が退任し、後任に大須賀の長男、大須賀秀徳副社長が昇格した。意外にもこの人事を大須賀は「2度反対した」という。

社長に就任した大須賀秀徳氏

社長に就任した大須賀秀徳氏

「社長は一番優秀な人をみんなで平等に選べ」。大須賀は日ごろから役員らにこう指示していた。もちろん「親として子が跡を継いでくれるのはうれしい」のが本音。秀徳に対しても、「社長になりたかったら一番苦労しろ」と厳しく接し、近物レックスの再建などあえていばらの道を歩ませた。

しかし、会社の存続と安定成長を優先させる経営者として、会長の息子だからという理由で安易に秀徳を選んでほしくなかった。役員らが満場一致で秀徳を選出しても、「ダメだ。もう一度選べ」と突き返し、「会長の言う通り一番優秀な人を選んだらこうなった」と3度説得され、ようやく首を縦に振った。

歯に衣着せぬ発言や、日々決算、大須賀塾といったユニークな経営手法が注目を浴びがちだが、大須賀流経営の根底に一貫するのは「心」。3PLなどという言葉もない時代、顧客のために必死で考え、蓄積したノウハウが今の成功につながった。社員が1000万円の利益を上積みする目標に頭を抱えていれば、「1000万円というと大きい額に感じるが、月で割れば90万円足らず。1日なら3万円。パートが100人いれば1人が1日300円余計に稼ぐアイデアを考えればいい」と明快に励ます。

「悩む時間があったら前を向こう」。大須賀を求心力とする、血の通った人間尊重の企業風土こそがハマキョウレックスの強さの秘密。会長室の扉は常に開いている。

大須賀 正孝 プロフィール

1941年静岡県浜北市(現浜松市)生まれ。浜北中卒、ヤマハ発動機入社。71年に浜松協同運送を設立、92年に「ハマキョウレックス」に称号変更。03年に東証1部上場を果たす。主要顧客は大手スーパーやコンビニエンスストアなどで、流通の川下分野の物流に強い。日本3PL協会会長、静岡県トラック協会会長などを務める。名物経営者として年に30回以上の講演会をこなす。信条の「やらまいか」は、浜松地域の方言で「やってやろうぜ」の意味。

企業データ

株式会社ハマキョウレックス

〒430-0841
静岡県浜松市南区寺脇町1701番地の1
事業概要:物流センター事業、一般貨物自動車運送事業
設立:1971年12月
資本金:40億4505万円(09年3月末)
従業者数:644人(09年3月末)


掲載日:2010年2月25日


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