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闘いつづける経営者たち


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01.合併は前への推進力

CNC自動旋盤で世界ナンバーワン体制の確立へ

世界のモノづくりを支える工作機械。シチズンホールディングス(HD)100%子会社のシチズンマシナリーミヤノは精密小型部品を作るコンピューター数値制御(CNC)自動旋盤の国内最大手。4月に同業のシチズンマシナリーとミヤノが合併して誕生した同社は、「CNC自動旋盤で世界ナンバーワン体制の確立」(杉本健司社長)に向けて邁進する。

「新会社のスタートは復興へのスタート。新たな時代に求められる価値を追求し、真の21世紀型企業に脱皮しないといけない」-。4月に軽井沢本社で開かれた入社式。杉本社長は7人の新入社員に向けて檄を飛ばした。

“本物”を目指すチャンスに

2010年9月に提携会見。シチズンマシナリーの杉本健司社長(右)とミヤノの齊藤佳春社長

2010年9月に提携会見。シチズンマシナリーの杉本健司社長(右)とミヤノの齊藤佳春社長

新会社のスタートは順風満帆という訳ではなかった。3月に発生した東日本大震災では多くの製造業が被災。シチズンマシナリーミヤノも例外ではなかった。

福島県矢吹町にある旧ミヤノ本社。震災による人的被害こそ無かったが、工場・事務棟の一部で天井や壁などが崩落。電気・水道といったインフラも不通となるなど被害は小さくなかった。福島では工作機械の主要部品である主軸を生産している。震災で操業停止に追い込まれたことで、全体の工作機械の組み立て作業にも支障が出た。齊藤佳春副社長は「困難の中で新会社のスタートとなった。だが“本物”を目指すチャンスととらえたい」とあくまで前向きだ。被災した事業所は震災から1カ月程度で再開。それは復興に向け両社の人員を集中的に投入した結果だ。早期復旧にこぎ着けた団結力が新会社に揺るぎない自信を植え付けた。

シチズンマシナリーミヤノは、2007年にシチズン時計(現シチズンHD)がミヤノに29%出資して、資本・業務提携したのがはじまり。製品開発や技術の相互供与などで連携し、08年にはシチズンHDがTOBを実施し、出資比率を64.6%に引き上げた。08年秋のリーマン・ショックで工作機械の需要が激減すると、シチズンマシナリーとミヤノの両社で「収益構造改革プログラム」を取りまとめ、構造改革に着手。工場閉鎖を取りまとめるなど両社の関係は急速に深化し、10年10月ミヤノを100%子会社化し、11年4月の2社の合併、新会社設立にたどり着いた。

成長に向けた切り札

図:新会社の事業体系

図:新会社の事業体系

新会社はシチズン、ミヤノとそれぞれ製品別に独立採算の2カンパニー制を導入した。一方、市場調査や開発、生産など両社共通するテーマについては3つの戦略事業本部を採用。社内カンパニーと戦略本部によるマトリックス構造により、既存事業の強みを維持・拡大するとともに、合併によるシナジー効果の拡大を目指す構えだ。

杉本社長は「新会社の目指す方向性は間違っていない。震災を契機に、統合のスピードを加速して変化への対応力をつけたい」と話す。企業としての枠組みが完成した今、合併で得たダイナミズムを成長市場、新規分野など前への推進力に転換する。

杉本 健司 プロフィール

1970年東京都立大(現首都大学東京)工卒、同年シチズン時計(現シチズンホールディングス)入社。00年精機事業部事業部長、01年取締役、05年常務。07年シチズンホールディングス常務、08年シチズンマシナリー(現シチズンマシナリーミヤノ)社長兼シチズンホールディングス取締役。東京都出身、63歳。

企業データ

シチズンマシナリーミヤノ株式会社

〒389-0206
長野県北佐久郡御代田町御代田4107-6
事業概要:コンピューター数値制御(CNC)旋盤の開発・製造・販売
設立:2011年4月1日
資本金:26億5125万円(シチズンホールディングス100%出資)
従業者数:800人


掲載日:2011年7月 5日


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