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闘いつづける経営者たち


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03.社長としての覚悟

「3倍?」-父の真意を探る

若かりしころの田中専一会長。24歳の時には家業を継ぎ、兄弟9人と実母の計10人を養う一家の大黒柱になっていた。

若かりしころの田中専一会長。24歳の時には家業を継ぎ、兄弟9人と実母の計10人を養う一家の大黒柱になっていた。

「3倍で考えなさい」―。2008年4月、田中秀子社長が父の専一会長から社長就任に当たりかけられた言葉だ。
 病気になり肺の一部を切除した専一会長は社長という激務についていくことが難しくなっていた。社長交代について「1年前からそれとなく言われていたため、いつかは社長を継がなくてはならないとは思っていた。だが、現実味は薄かった」(田中秀子社長)と振り返る。
 そんな田中社長を知ってか知らずしてか、専一会長が田中社長に伝えたのは、売り上げや利益の見通し、品質管理など経営上のアドバイスではなく、ただ一言「3倍で考えろ」だった。
 田中社長はその意味を考えた。売り上げや利益を3倍にするのか、商品数を3倍にするのか。答えはすべて違っていた。「従業員のことだった。『3倍の人を食べさせていると思って働きなさい。従業員一人ひとりには家族がいる。その人たちに対する責任も背負っていることだけは、決して忘れないように』と言われた」(同)と、しみじみと回想する。
 専一会長は祖父(専一会長の父)の他界により、24歳の時に家業を継ぎ兄弟9人と実母の計10人を養う一家の大黒柱になった。「どうして“3倍”ということを思いついたか考えると、会長は家族と従業員の生活を守るために、その場から逃げることができなかった。その責任感から出た言葉だったのだろう。現在の博水社の従業員数は21人だが、たとえ50人になっても150人の生活を背負っていると思える社長でありたい」(同)と決意を新たにする。

伝わらない「こだわりの搾汁方法」

イタリア・シチリア島の契約農家にて。ハイサワーに使うのはレモンの中心部だけ(写真右下)。

イタリア・シチリア島の契約農家にて。ハイサワーに使うのはレモンの中心部だけ(写真右下)。

田中社長が2008年4月に社長に就任してまずとりかかったのは、強固な地盤を形成するために、自社の強みについて掘り下げることだった。
 博水社は1980年の酒の割り材ハイサワー発売以来、素材となるレモンに「イタリア・シチリア産」だけを使用している。それも使うのはレモンの中心部だけ。皮も一緒にレモン丸ごと押しつぶして搾汁する全果式が一般的な中、一つひとつを丁寧に輪切りし、果肉の真んなかだけを使用する。そのため、全体の30%程度ほどしか搾汁できないという。
 レモンのこだわりを消費者に広く知ってもらおうと、中心部だけを贅沢に使用する意味を込め、まずは「一番搾り」という言葉を使った。「英語では最初の果汁を“FIRST RUN”と表記するため、そのまま日本語に直して『一番搾り』と商品パッケージや販促物、宣伝車に記載していた」(田中社長)。ところが、1、2年経っても「ビールやゴマ油みたいと言われ、浸透しなかった」(同)という。

社長という仕事の怖さを知る

「おいしいとこだけ!真んなか搾り」との言葉から、社長の仕事の怖さを知った

「おいしいとこだけ!真んなか搾り」との言葉から、社長の仕事の怖さを知った

こだわりの搾汁方法が伝わらない理由について思いを巡らせると、ある結論に行きついた。「あまり知られていない搾汁方法について、英語を日本語に直したたけでは理解してもらえない。自分の言葉に落とし込んで伝えることが必要だった。赤い服が似合うのに、思い込みで青い服を着せていたようなものだった」(同)と悔やむ。
 田中社長は自身の“思い”を伝えるために、博水社として初めてコピーライターに仕事を依頼した。喧々諤々(けんけんがくがく)の話し合いをすること3カ月。できあがった言葉は「おいしいとこだけ!真んなか搾り」だった。
 この表現を商品に入れると、変更してから1年経たないうちに、取引先や消費者から「ハイサワーって、レモンの真んなかのおいしいところだけを使っているんですね」と言われるようになったという。
 この出来事から田中社長は「同じことを言っているのに、角度を変えて表現すれば伝わる。逆に伝え方を間違えれば、何年経っても知ってもらいたいことは伝わらない」(同)との教訓を得た。それと同時に「自己満足に浸りお客さまの目線で考えることを怠れば、売り上げは下降していき、最終的には経営の失敗になる」(同)と、社長としての仕事の怖さも知った。

プライド捨てる覚悟をした瞬間

「ある出来事が社長の名刺の重みから解放してくれた」振り返る田中社長

「ある出来事が社長の名刺の重みから解放してくれた」振り返る田中社長

田中社長には、社長に就いたことで気づいたことがもう一つあった。
 取引先と商談をしていると、話についていけないことが少なからずあったという。「社長の名刺で話しているのに、『分からない』なんてかっこ悪くて言うことができなかった」(田中社長)と当時の心情を語る。
 分からないまま話が進むため、商談がかみ合わないこともあった。社長という名刺の重みが「分からない」と言うことに二の足を踏ませていた。
 しかし、ある商社での出来事がきっかけとなり、田中社長は180度変わった。取引先の対応者は役職者が数名。聞かれている内容に、ちぐはぐのまま回答していた。その時、田中社長は「このまま、いつもと同じようにかみ合わない話をしていたら、お客さまの貴重な時間をムダにすることになる」と感じた。次の瞬間、「申し訳ないですが、教えてもらえませんか」と切り出した。すると、相手は態度を悪くすることなく丁寧に教えてくれたという。

今では「社長の名刺なんてなければいいのに」と思うことも。田中社長は“会社の顔”になっている

今では「社長の名刺なんてなければいいのに」と思うことも。田中社長は“会社の顔”になっている

「あの時から、たとえ恥をかいても分からないことはその場で聞くようになった。ふっ切ることができた」(同)と、晴れやかに語る。また、話がかみ合うようになることで、取引先が求める事柄を深く知ることができるようになり、「『それなら、こういう事はどうですか?』と、新しい提案ができるようになった」(同)という副産物も生んだ。
 就任当初は苦労が多かった田中社長だが、今では「社長の名刺が邪魔になることもある」(同)と、にこやかに笑う。「たまたま名刺を忘れ一人の営業担当者として話をしてくれた時には、商品についてストレートな意見を聞くことができた。その会話にこそ“宝”がある。『社長の名刺なんてなければいいのに』と思うこともある」(同)と意気揚々だ。
 自らを「社長5年生」と語る田中社長。持ち前の天真爛漫(てんしんらんまん)さで人を包み込むような性格から、対外的にも“会社の顔”になっている。
 社長としての心構えを専一会長から教わった田中社長。もう一つ、大切にしていることがある。それは他界した母からの“贈り物”だった。

田中秀子 プロフィール(たなか・ひでこ)

1960年(昭35)生まれ。東京都生まれ。山脇学園短期大学英文科を卒業後、80年に株式会社博水社に入社。東京農業大学に社会人入学し食品醸造について学んだほか、税理士予備校に入学し経理業務を学んだ。08年に代表取締役社長就任。13年2月には、博水社初となるアルコール入りの缶チューハイ「ハイサワー缶」(350ミリリットル)を投入するなど、数々の商品を発売する。2児の母。

企業データ

株式会社博水社

東京都目黒区目黒本町6-2-2
03-3712-4163
事業概要:割り材(清涼飲料水)と酒類の製造販売業
資本金:2000万円
売上高:12億2500万円(2012年11月期)


掲載日:2013年12月 3日


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