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闘いつづける経営者たち


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04.10年先を見据え

日本とベトナム企業の3社で提携

日本とベトナム企業の3社で提携

5年、10年先の将来を見すえた海外での挑戦が始まった。手塚社長は2008年、鋳鉄専門の辻井製作所(埼玉県川口市)と手を組み、ベトナム首都のハノイにある国営企業「ハノイ・メカニカル・カンパニー」と技術提携した。2011年には同じ両社で現地の鋳物企業のフーソンマシナリーにも技術供与を始めた。資本を投入せずに技術指導を軸にして海外進出を果たした。日本への輸入拠点として活用するほか、将来はアジアへの供給拠点と位置づけている。

ベトナムで種まき

将来は日本式モノづくりを伝授した現地企業が製造した製品を日本に輸入するほか、ベトナムをアジアへの供給拠点に育てる狙いもある。昭和電気鋳鋼はベトナム事業の成否を左右する人材育成にもいち早く取り組んできた。
 009年にベトナム出身のドアン・ミン・テを採用した。「テさん」の愛称で親しまれ、CAD(コンピュータ支援設計)を駆使して部品設計に取り組む。ベトナムの名門ハノイ工科大学を出たテさんは現地の人材派遣会社を通じて入社した。手塚社長は「ベトナムは英語が通じにくく、将来の海外展開を担う貴重な人材」とテさんに大きな期待を寄せる。
 ただ、課題もある。製品レベルを高めるまでの指導時間がかかる。「日本のモノづくり力を落としてはいけない」(手塚社長)なか、高難易度で多岐にわたる工程を伝授するには日本の工場で働く一級の人材を送り出す必要がある。良品の製造には技術のブラックボックス化は難しく、知的財産の流出は避けられない悩ましい状況だ。だからこそ手塚社長は「日本は日本でしかできない分野を育てていく。追随を許さない商品づくりが欠かせない」と強調する。

「母ちゃん」の思いを経営理念に

凡事徹底、基本回帰を現場の行動規範にする昭和電気鋳鋼

凡事徹底、基本回帰を現場の行動規範にする昭和電気鋳鋼

同じ中堅、中小企業の女性経営者との輪も広がっている。経済産業省の女性職員が旗振り役となって立ち上げたのが「ものづくりなでしこジャパン」と呼ぶ経営者の会だ。全国の金属加工やめっきなど12人の中に手塚もメンバー入りする。横のつながりが生まれ、今後の活動に向けて準備を進めている。
 そして手塚社長は社長に就任した後、会社として初めて経営理念を策定した。
 「我々 昭和電気鋳鋼は 忠実に法令を遵守し 誠意と創意と情熱を持って より良い製品を造る努力を惜しまない」
 「その中で 社員一人一人の成長と幸せ 社会への貢献 お客様の満足が一致する」
 全社がひとつにまとまっていく方向を定めようと、他社の理念にも学びながら自分の言葉で紡いだ。朝礼で多くの男性社員が野太い声で唱和する。「みんなを支えようと励んできたが、支えられているのは自分なんだと気づく瞬間」(手塚社長)だ。以前、「若い社員が経営理念を熱く語る会社は伸びる」と聞いたことがある。手塚社長は「早くそうなったらいいな」と優しい笑顔で続ける。
 「経営理念が原点です」
 すべての判断基準はそこにある。業績が一進一退を続ける厳しい時期もあった。今では社員が「姉ちゃん」、「母ちゃん」と手塚社長を呼ぶことも。
 「今の私が生きていけるのは社員や家族、すべての人のおかげ。つらい過去があったから今がある」
 そして未来は今にある。今日も上越新幹線の中で母から経営者の顔になり、手塚社長は現場に飛び込んでいく。

手塚加津子 プロフィール(てづか・かづこ)

1955年東京都大田区生まれ。大学卒業後、母校の私立中等科・高等科で講師として教える。結婚後は専業主婦となり、3人の子どもの子育てに奔走。2001年父で2代目社長の天野和雄氏の死去をきっかけに、2004年総務部長として入社。2007年代表取締役社長に就任、現在に至る。

企業データ

昭和電気鋳鋼株式会社

群馬県高崎市倉賀野町3250
業種:製造業(建設機械や鉄道車両、エレベーター用の鋳鋼製品)
資本金:1億円


掲載日:2014年4月 3日


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