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闘いつづける経営者たち


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04.人の頑張りとハード面の強さ

「ビジネスは闘いです。勝たなければいけません。私は男に生まれるべきだったのかもしれません」
 こう言ってのける河村勝美社長。一方で「辛いことも楽しいんです。あの人(河村恭輔会長)のためなら身も心もささげます」と、夫をもり立てる良き妻でもある。そして娘思いの母親でもあるのだ。
 「まるで演歌の歌詞みたいでしょう。今の若い人たちに理解できるかしら」
 勝美社長に笑みがこぼれた。それは幾度もの修羅場をかいくぐり、前を向いて闘ってきた自信に満ちた笑顔だ。
  5000万円の借金は5年をかけて何とか返済できた。「当時が一番苦しかった」と勝美社長は振り返る。借金返済のため生活費を切りつめて家族3人、毎月5万円(当時)でやりくりするような生活が長い間続いた。しかし恭輔会長の技術力への信頼があったからこそ「一心不乱でがんばれた」(勝美社長)という。

大渇水で注目を浴びる

恭輔会長が手がける「逆浸透膜(RO)水処理プラント装置」が一躍注目を浴びたのは、1994年の「西日本大渇水」の時だ。福岡県域でもまったく雨が降らず、市内の時間給水は年間240日にも及んだ。この頃から、地下水などを飲料水に変えることができる同社の「RO水処理プラント」は知名度も上がり、ホテルや学校、食品工場など九州各地で導入され始めた。年間の売上げもそれまでの3倍以上の10億円に伸びた。
 「なにより社員一人ひとりが、3倍も4倍も働いて大きく成長してくれたのです」と勝美社長は目を細める。ゼオライトが他社に誇る優れたメンテナンス力。顧客のニーズに対してあきらめずにやり遂げる力はこうした経験を通して培われたという。
 その背景には同社の人材育成への強い思いがあった。ゼオライトの経営理念はまさに“良い水創り人財(ひと)創り”なのだ。24時間365日、安心と安全を届けるために同社では、早朝勉強会など社員研修に力を注いできた。
 人材だけでなくハード面での強さを証明して見せたのが2005年の「福岡県西方沖地震」の時だった。県内の水処理施設のほとんどは大きな影響を受けたが、同社の水処理プラントは通常どおり稼働を続けたという。
 また、2011年の「東日本大震災」の時は、仙台市で水処理プラントを導入したばかりの大手製パン会社の工場が地震と洪水の被害を受けた。しかし、施設自体は大きな被害を受けることもなかった。後に1億5000万円を投資して同じプラントが再導入された。その時にはゼオライト社員が手弁当で駆けつけメンテナンスに威力を発揮した。このことが同製パン会社から大きな信頼を勝ち得ることにつながった。
 現在、同製パン会社の全国の工場に導入が広がっている。さらに、勝美社長と恭輔会長はオランダ製の最新水処理機器の導入にも取り組み始めた。

東日本大震災で被災したプラント(左)も見事に復旧した(右)

東日本大震災で被災したプラント(左)も見事に復旧した(右)

将来は社員のための居酒屋も

6年間社員のために朝食をつくった

6年間社員のために朝食をつくった

勝美社長はトイプードル犬のプー子とウオーキングを兼ねた散歩に出かけることを日課にしている。
 「今が一番充実しています。会長も元気。経営面での課題は社長職の継承です」
 家業から企業に成長するために、すでに後継者は育成中だ。「彼は前向きで素直。目標を達成する力を十分持った人物」(同)と評価する。
 勝美社長は社長に就任する際、社員のお母さんのような存在になろうと心に決めた。社員のための朝食づくりは6年間に及んだ。このことで社員との絆が強まった。そして将来、本社社屋内に社員のための「居酒屋」を開くことを楽しみにしている。

河村勝美 プロフィール(かわむら・かつみ)

1943年広島県尾道市(旧瀬戸田町)生まれ。広島県立瀬戸田高校卒業後、旧瀬戸田町役場に就職。その後個人病院の医療事務などを経験、ゼオライトの河村恭輔現会長と結婚。恭輔氏と二人三脚でゼオライト「第2の創業」に携わる。2013年、東京営業所を支店に昇格、さらなる事業拡大を目指す。

企業データ

ゼオライト株式会社

福岡県福岡市博多区那珂5-1-11
事業内容:水処理プラントの開発・販売・メンテナンス事業、浄水器・宅配水販売事業
資本金:9000万円
売上高:28億円


掲載日:2014年4月25日


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