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闘いつづける経営者たち


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03.晴海出店の大勝負‐条件は悪かったが勝算はあった

敷地1万坪の落とし穴

東京国際見本市会場(晴海)。目玉施設だった東館(通称ドーム館。写真中央の白い円形の建物)に対する東京消防庁の決定は広岡にとっても大きな誤算だった
出展:「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」

東京国際見本市会場(晴海)。目玉施設だった東館(通称ドーム館。写真中央の白い円形の建物)に対する東京消防庁の決定は広岡にとっても大きな誤算だった
出典:「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」

その広大な用地は国際見本市会場として知られた東京・晴海。有明・東京ビッグサイトの誕生により見本市会場の役割を終えた晴海の土地が、東京都の第三セクターを通じて貸し出されることになったのだ。

しかし公共交通の便が悪く、施設も老朽化しており使い勝手は悪い。しかも契約期間は7年と定められ、月額3,000万円の家賃も重荷だ。それでも広岡には勝算があった。

オートバックスセブン時代に晴海会場で自動車用品の一大イベントを開催し、晴海通りが大渋滞になるほどの成功を収めた経験があるからだ。

都心にある敷地1万坪の土地で、理想のカー用品店を運営するという広岡の決断は固まった。最終的に複数社の候補のなかからオートウェーブが貸し出し先に選ばれた。契約書を交わし、出店準備に入ろうとした矢先、思わぬ誤算が生じることになる。

「ドーム館を常設の店舗として利用することは認められない」。東京消防庁の見解だった。ドーム館は晴海見本市会場の目玉施設で、その名の通りドーム形状の人目を引く会場施設であった。

広岡自身、ドーム館の集客効果を感じていただけに、これを失えば出店計画が大きく狂うことになる。「モーターショーで何万人もの人が入場した施設で、なぜ集客数千人規模の店がダメなのか」。

必死に食い下がる広岡に対し、消防庁は「モーターショーは期間限定のイベント。ドーム館は大型商業施設の消防基準を満たしていない」と突っぱねた。

契約違反を黙認する性分

「出店は見送るべき」。
  「契約違反として都にペナルティーを要求すべき」。

周囲のさまざまな助言に対し、広岡はまったく別の視点を持っていた。「貸主である第三セクターも当社をだますつもりはなかったはず。契約を破棄するのは簡単だが、それでは担当者のクビが飛ぶ。そんな事態を招くのは避けたい」。

晴海店で首都圏に勝負をかけること自体には迷いはありませんでした。ドーム館というインパクトを失ったことは確かに打撃でしたが、かえって店舗戦略へ気持ちの切り替えが早くできました

晴海店で首都圏に勝負をかけること自体には迷いはありませんでした。ドーム館というインパクトを失ったことは確かに打撃でしたが、かえって店舗戦略へ気持ちの切り替えが早くできました

結局、ドーム館を取り壊したうえで、三セクが新たに駐車場を設けるという内容で合意。契約違反をとがめることなく、目玉施設を失ったまま出店を余儀なくされた。

「徹底して契約違反を主張していたら、2〜3億円のお金は取れたかもしれない。こんなお人よしは、商売人としては失格なのかもしれない。でもこれがわたしの性分だ」

広岡は苦笑いまじりに当時を振り返る。周囲も厳しい見方を示した。

「千葉で成功したオートウェーブが晴海で失敗するのは目に見えている。このままでは経営破たんもありえる」。誰もが晴海の成功を予想できなかったのだ。

業界の風雲児

オートウェーブ晴海店は、圧倒的なピット数と売り場面積を誇る日本一のカー用品店として華々しくオープンした。しかし、広いがゆえに多くのスタッフを配置しなければならず、高額な家賃とともに収益を圧迫した。

オートウェーブの名前を首都圏に広める布石となった晴海店。いまでは当たり前のように見かける複合施設形態もいち早く取り入れた

オートウェーブの名前を首都圏に広める布石となった晴海店。いまでは当たり前のように見かける複合施設形態もいち早く取り入れた

最初の3〜4年は赤字が続いたが、広岡は現場改善とともに自動車ディーラーやアミューズメント施設を入居させるなどの措置を実行。徐々に収益を改善し、5年目にして晴海店を黒字に導いた。

ピーク時の年間売り上げ42億円を誇った晴海店の収益インパクトは図り知れない。さらに東京都心に一大店舗を出店したことで、オートウェーブの知名度は一気に高まり、千葉を中心とした地域ブランドから首都圏ブランドの地位を手に入れることにつながった。


晴海店の成功は、同社成長の大きな起爆剤であると同時に、業界の風雲児としてオートウェーブの存在感を一段と高めたのである。

当初7年の契約期間は、その後に2年延長されたものの、黒字の恩恵を長く授かることはかなわずオープンから9年目にして閉店を迎える。

オートウェーブにとって晴海店閉店の影響は決して小さくはないものの、すでに広岡は新たな挑戦を起こし始めている。それは新業態店舗の開発、出店である。

廣岡 等 プロフィール

1939年三重県生まれ。1958年、大豊産業(株)(現・オートバックスセブン)入社。同社常務を経て1990年に独立、(株)オートウェーブを設立し、自ら理想とする2,000坪のカー用品・メンテナンス事業の第1号店を千葉市にオープンする。93年には1店舗での業界月間売上高日本一を記録し、2000年に店頭市場(現ジャスダック)に株式公開を果たす。現在、千葉県を中心に関東全圏で15店舗のオートウェーブ、専門店のオイルボーイ9店舗の指揮を取る。「商売よりも親切行為が先」という徹底した顧客本位のビジネス哲学が持論。

企業データ

株式会社オートウェーブ

〒263-0054
千葉市稲毛区宮野木町1850番地
TEL.043(250)2669(代表)

事業概要:カー用品販売及びカートータルメンテナンスサービス。
設立:1990年9月
資本金:839.4百万円
売上高:単体 18,354百万円、連結 24,893百万円
社員数:連結 796名、単体 638名(2007年3月末現在)


掲載日:2008年1月 9日


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