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闘いつづける経営者たち


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02.給料は安くても、ここなら成長できるという気持ちが一人ひとりにあった

無給のエンジニア集団

「鈴木さん、今月は給料出るんでしょうかね」。そう問いかけた社員の聞きぶりは、「今日のお昼ご飯何にします?」という程度ののんきなものだった。創業間もないインターネットイニシアティブ(IIJ)の社内には、一流企業の人事担当者が見ればのどから手が出るほどほしい優秀な人材がごろごろいた。

創業時のオフィスは取り壊しがすでに決まっていたビルの1F。わずかなデスクとパソコンが置かれていただけの殺風景なフロアだったが、そこには鈴木を信じて集まった社員たちのインターネットに対する夢と希望が溢れていた。

創業時のオフィスは取り壊しがすでに決まっていたビルの1F。わずかなデスクとパソコンが置かれていただけの殺風景なフロアだったが、そこには鈴木を信じて集まった社員たちのインターネットに対する夢と希望が溢れていた。

鈴木を慕い、インターネットという海のものとも山のものともつかぬ技術に魅せられたエンジニア集団。満足な給料ももらえないのに、夜中まで喜々として働いている。IIJは誕生当初から普通の会社とは明らかに違っていた。

もちろん鈴木は経営者としてそんな状況を良しとしていたわけではない。鈴木の毎日は金策と、事業の許認可を握る郵政省(現総務省)との折衝にかけずり回る日々の連続だった。

IIJを創業した1992年当時、「インターネット」という言葉は日本で全く知られていなかった。ちょっと技術に詳しい者たちは「大学の研究者がオモチャで作っている、バーチャル系電話。クモの巣(ウェブ)なんていかにも頼りない名前じゃないか」とこき下ろした。

給料も遅れがちだった分、社員には他社よりも成長できる環境を与えたいと考えていました。

給料も遅れがちだった分、社員には他社よりも成長できる環境を与えたいと考えていました。

鈴木が融資を依頼したある鉄鋼メーカーのシステム担当者は「インターネットを企業が使うような時代がもし来たら、私は銀座で裸踊りでもしますよ」と言い放った。

店ざらしの認可申請

一方、郵政省に求めていた事業化に必要な国際通信事業者としての特別第二種通信事業者の認可申請は、1年以上も店ざらし状態だった。国内通信はNTT、国際電話はKDDというのが当時の日本の通信秩序。鈴木が「インターネットには国境はありません。情報はグローバルに駆け回るのです」と説明しても、官僚にはその意味が十分に理解できなかったのだ。

日本初の商用インターネットサービスプロバイダー(ISP)になるという鈴木の情熱が萎えることはなかったが、さりとて説得できるだけの材料もない。そんな悶々とする日々が続いた。

日本でもようやくインターネットが認知されるようになると、IIJはISPの草分け的存在として企業から重宝がられる存在になった。インターネット回線を導入し、自社のホームページを公開したり、電子商取引を手がけるなど、企業もおっかなびっくりでインターネットと付き合いだした。

しかしトラブルは日常茶飯事。企業がIIJにSOSを出すと、やってきたエンジニアが「このシステム僕が開発したんですよ」と言いながら、すぐに対処してくれる。そんな頼りになる存在となっていった。

アジアバックボーン構想

アジア太平洋地域における独自のインターネット・バックボーンを形成するため、各国でパートナー探しがスタート。それはヨーロッパのE-Boneにならって1995年に「A-BONE」として結実する。アジア8ヶ国の地域を1.5Mbpsの専用回線で直結するものだった。

アジア太平洋地域における独自のインターネット・バックボーンを形成するため、各国でパートナー探しがスタート。それはヨーロッパのE-Boneにならって1995年に「A-BONE」として結実する。アジア8ヶ国の地域を1.5Mbpsの専用回線で直結するものだった。

鈴木は事業がようやく軌道に乗りだしたのを見て、活動をアジアに広げた。インターネットは米国で誕生した技術。情報流通を支えるバックボーン回線は米国に集約される構造となっていた。日本とシンガポール間の通信なのに、情報は必ず米国経由。「こんな無駄なことはない」と考えた鈴木はアジア各国を回り、「独自のバックボーンを形成しよう」と訴えた。この構想は1995年にアジア太平洋間をつなぐ国際バックボーン「A- Bone」として結実する。

悲願の実現に鈴木は大いに自信を深めていった。水面下でIIJを米国ナスダック市場で株式公開させるプロジェクトも進んでいた。資金提供を申し出る投資家を引きも切らず、大手企業が事業提携を持ちかける。「いよいよNTTと対決だ」-鈴木は次の戦略に取り組む時が到来したことを確信した。


鈴木 幸一 プロフィール

1946年神奈川県生まれ。1972年、(社)日本能率協会入社。同協会においてインダストリアル・エンジニアリング(IE)、新規事業開発などを担当。1982年に退社後、(株)日本アプライドリサーチ研究所取締役に就任。ベンチャー企業の育成指導、産業、経済の調査・研究、地域開発のコンサルテーション等を行う。1992年に(株)インターネットイニシアティブ企画(現・IIJ)を創立、取締役に就任。1994年(株)インターネットイニシアティブ(IIJ)代表取締役社長に就任。以来、日本における商用インターネットサービスの先駆者として、新しい通信インフラ市場を切り拓く。

企業データ

株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)

〒101-0051
東京都千代田区神田神保町1-105 神保町三井ビルディング
TEL.03-5205-6500(代表)

事業概要:インターネット接続サービス及びネットワーク関連サービスの提供、ネットワーク・システムの構築・運用保守、通信機器の開発および販売。
設立:1992年12月3日
資本金:14,295百万円
売上高:57,055百万円
社員数:連結 1,155名、単体 560名 (2007年3月末現在)


掲載日:2007年11月14日


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