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創業者列伝II


シリーズ05:ワテック【中村正治】
起業の第一は海外ブランドの確立!

第3回「会社を育てたビデオ監視カメラ」

超小型カメラ生産ライン

超小型カメラ生産ライン

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小型化で差別化図る

「勤務先の会社が廃業した時には、まだストロボの仕事は残されていましたね。ですから会長も技術者として次の一手は当然考えていたと思います」

中村が言うように、五十嵐は主力製品だったストロボに続く事業として、「ビデオ監視カメラ」の研究開発に没頭していた。「ストロボだけでは食べていけない。独自のビデオ監視カメラを新規事業として育てよう」との思いが募っていたのだ。

商品戦略はビデオ監視カメラを小型化することだった。会社設立当時は、スーパーや銀行などの監視カメラといえば大手家電メーカーが製造販売していた大型のCCDカメラのことだった。小型化戦略は大手との差別化を図ることでもある。電子回路の専門家である五十嵐には小型化にひらめくものがあった。

最近では携帯電話にふんだんに使われているCCD素子に着目したのである。部品の小型化、機能の取捨選択を行なうとともに、CCD素子を使うことによって非常にコンパクトに回路設計が可能になったのである。

こうして開発された試作品を実際に試してみる機会が相次いで訪れる。会社設立の翌年、ソウルオリンピックが開催された。その開幕式のアトラクションで、パラシュートで空から舞い降りてきた出演者のヘルメットに装着されていた超小型CCDカメラは、ワテックの製品だったのである。もう1つは大相撲の土俵の真上から撮影するカメラだ。

中村によると、「会長は電子回路の設計では若い社員も敵いません。72歳になった今でも自分で回路を考えたり、設計したりしています」というから、根っからのモノづくり大好き人間なのである。

東京への部分回帰

創業当時はほぼ100%、海外市場向けだった販売先だが、中村はここ数年、国内市場にも眼を向けはじめている。凶悪犯罪の多発による社会不安の増大によって、セキュリティ関係の需要が増えてきたこと。さらにはFA(ファクトリーオートメーション)用、医療関係用や天体マニア向けの観測用まで、幅広い分野で利用されるようになったことが国内需要を伸ばす背景になっているようだ。

「売り上げベースでは国内が全体の約20%を占めています。世の中が物騒になって製品が売れるというのは、喜んでいいのか気が引けますが、需要が今より急激に増えた場合、山形工場も手狭になりつつありますので、抜本的な対策を講じなければなりません」

中村にはこれとは別に、経営者としてもう1つの決断の時が迫っている。

東京への部分回帰だ。

創業の地の川崎から山形県鶴岡市に全面移転してから丸11年。移転した当時は工場地帯の川崎で人手を確保することも容易ではなかった。進出企業に対する鶴岡市の優遇措置も大変魅力だったし、「営業も国際電話でのやり取りが中心だったため、大都会に本社を置く必要もなかった」のだ。

だが、ワテックを取り巻く企業の立地環境は大きく変化している。

景気回復も手伝って、鶴岡市を含む庄内平野一帯での人材確保が難しくなってきたのである。とくに研究開発部門の実態は深刻で、これまで以上に優秀な人材を集めにくくなっているという。営業面でも国内市場の開拓のためには、大都市に拠点を移したほうが便利だ。

「従来から役員会の議題には出ていましたが、今年度末までには技術研究開発部門と国内営業機能の移転を考えたい」

「技術主導の会社」を第1の経営目標に掲げる中村にとって、東京への部分回帰は至上命題でもあるのだ。(敬称略)


掲載日:2007年2月26日

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