女性起業家応援ページ

一億総活躍社会が叫ばれ、女性の活躍が期待される昨今。自分の特技を活かした起業や、社会的ニーズや課題を解決するために、起業をする女性も増えています。本ページでは、起業のきっかけや困難への対処法、今後のプランについて先輩企業家に話を聞くとともに、女性による企業支援事例などをご紹介します。

大手IT企業の部長から新しい世界へ
~ウェブ、ダイバーシティ、ネパールまで手がける

起業を志す世代には特徴がある。企業での就労経験が短い20代、出産などライフイベントをきっかけにした30代に加え、大企業で経験を積んだ40代女性の起業事例も増えている。今の仕事はそれなりに楽しくやりがいがある。収入は十分で生活も安定している。でも、このままでいいのか。そんな迷いを抱える人に、昨年、大企業の部長職を辞して起業した小嶋さんの言葉は示唆を与えてくれる。

小嶋美代子(こじまみよこ)
株式会社ourshare(アワシャーレ) URL:https://ourshare.jp/

目次

起業のきっかけ

―― 小嶋さんはもともとIT系のエンジニアで、退職時は大企業のダイバーシティ担当部長でした。色々な職種で起業の可能性があったと思います。

実は退社して起業する数年前から、ヘッドハントの話をいただくことがありました。けれども話を聞くうちに「私が転職することはない」と思うようになったのです。なぜなら、紹介される転職案件が前職と同じ仕事内容だったから。もといた会社が大好きでしたから、他社で同じ仕事をするなら、この会社のために貢献したい、と思ったのです。 その後、残り10年を会社で過ごすか考えるようになり、「出よう」と決めました。いくつか会社を離れて追求したいことがあったことに加え、安全圏の外に出て考えたい、と思ったのです。

無計画なようですが、資金面はきちんと計算しています。実は私、ネパールに2週間滞在したことがあります。ミャンマーに友人がいますし、ベトナムに移住する予定の知人もいる。もし、日本で生活が難しくなったら、生活費が安い国へ行っても暮らせるから大丈夫だと思いました。

―― 会社名の「ourshare」はどんな由来でしょうか。

「私たちを共有する」という意味と“our chalet(私たちの山小屋)”を掛け合わせています。自分がこれまでいただいてきたものをひとり占めせず、分けていきたい。そして、私の考えに共感して下さる方と一緒に、安心できる環境を作っていきたい、と思っています。

―― 具体的な業務内容に、どんなものがありますか?

IT企業でエンジニアをしていましたので、ウェブ・セキュリティー関係のコンサルティングやマーケティング、ダイバーシティ担当部門の部長をしていたので、ダイバーシティ関係の講演等があります。

意外だったのが企業のヴィジョンづくりのお手伝いや講師育成。こういう分野でお声がけいただくこともあるのだな、と思いました。

いろいろなお仕事のご相談をいただく中で気を付けていることがあります。それは、報酬の多寡ではなく、私の「過去と未来どちらを見てお声がけ下さっているか」ということです。たとえ実績がない分野でも「この仕事を頼んでみたい」と思って下さるのは「私の未来」を見ての依頼です。こういうものを大事にしたい。特に事業戦略や自身のキャリアに悩んでいる女性へのアドバイスは優先して対応しています。

今は起業初年度ですから、基本的には依頼を断らないようにしつつ、できるだけ過去を3、未来を7くらいの配分でお仕事していきたいと思っています。

ネパール女性との出会いと学び

―― 小嶋さんは会社員時代から、障がいを持つネパール女性の支援をしてきました。

はい。当初、彼女は、ダスキンのアジア太平洋障害者リーダー育成事業というプログラムで来日しました。約1年間、日本に滞在して様々なことを学ぶというものです。

私は前職のつながりで、日本リハビリテーション協会の方から依頼を受け「パワーポイントの作り方なら教えられます」ということで、ボランティア休暇を取得して講師をしました。受講生は盲目の方、耳が聞こえない方、まったく動けない方など、様々な障がいを持っている外国の方。ところが、私が日本語で話すのを聞いたり見たりして、パワーポイントの使い方をどんどん覚えていく。彼・彼女たちの凄さに圧倒され、「自分は何も知らなかった」と思いました。

中にアンジャナという女性がいました。彼女は骨の病気で車いす生活ですが、非常に優秀でバイタリティがあります。仲良くなって帰国後もメールでやり取りをすることがありました。ある時、彼女から「どうしても話したい」という連絡がきました。

彼女が参加していたある会議が、17時に終了し結論が出なかったので翌日に持ち越しの予定だったそうです。彼女は帰宅したのですが、男性だけ飲み会を開いて決めてしまった、と言うのです。朝になったら決まっていたので彼女は悔しくて泣いた、それをどうしても私に話したかった、というのです。

―― 飲み会で決まっていた、女性は入れてもらえなかった、というのは、日本の企業みたいですね…。

そうなんです! 東京と4時間の時差がある、アジアで最も女性が大変な状況にある国で、車いすに乗っている女性が、日本女性と同じ課題に直面していたのです。アンジャナはネパールでは介助者がいなければ移動ができません。また、ネパールでは女性が夜お酒の席に出ることはありえません。置かれた環境がこんなに違うのに悩みが同じなんて、驚きました。

そして、何より、彼女が泣くほど悔しいと思っていることに衝撃を受けたのです。自分に同じようなことが起きた時、そこまで悔しがることができるだろうか、と。

当時、私は会社でダイバーシティの担当部長になったばかりでした。日本と全く違う環境で日本女性と同じ課題に直面しているアンジャナの話を聞いた時、私は自分がやっているダイバーシティの仕事は意味がある、と思えたのです。

“できることは何だろう?”

―― 起業後も、ネパールとの関係は続いていますか?

もちろんです。アンジャナとはこれまで同様に、様々なことを一緒にやっています。

彼女のおかげでネパールと縁ができて、2017年末、スタディツアーを企画させていただきました。私が企画と案内役をつとめる「ネパール ダイバーシティの旅」。ちょうど年末5日間で17人参加してくださいました。

1日目は障がい者の女性団体が運営するゲストハウスに泊まりました。参加者の感想は「生き生き生活している」「感動した」というものが多かったです。そこで2日目の朝に「影の部分も見て下さい」とお伝えしました。「皆さん、感動した、とおっしゃいますが、本当にそれでいいのでしょうか? 幸せそうに働いている…と思って帰った部屋でお湯が出ない不便。あなたはここで暮らしたいですか?」と。

また、ピースプロジェクトというNPOと連携し、ネパールの子どもにランドセルを届けました。すると、好きな色のランドセルを取り合いになったり、もらえない子がいて格差が生まれたり、ランドセルはいらないからセルフィ―を撮って欲しいという子がいたり。人の希望は本当に多様であることが分かります。ものをあげることが必ずしも喜ばれない現実があることを目の当たりにするのです。

市長との対談など政策関係者とも話をして、最後に「私達ができることは何だろう?」と考えます。考え続けるためには材料がいるし、考え続ける必要があることに気づきます。でも、全く問題は解決していません。

―― 小嶋さんのお話を聞いて、とても自由でいいな、自分も会社を辞めて独立したいな…と思う人がいるかもしれません。悩んでいる人にアドバイスがあればお願いします。

大企業勤務で10~15年後に定年退職という方は、悩んでいるなら辞めない方がいいと思います。ただ、大企業の安定・安心と引き換えに心を病む必要はありません。辛かったら逃げてもいい。でも、辞めるのと起業するのはまた別です。

「外に出るからこそできること」が見えた時に、辞めたらいいと思うのです。