ITツール活用事例

ITツールを、自社の業務効率化や販路拡大に役立てた企業にお話を伺いました。

旅館・ホテル向けのクラウドサービス「陣屋コネクト」
ターゲットは業務管理に「問題意識をもつところ」

業務連絡に用いる電子メールや社内SNS、売上管理を含む会計・経理など、経営の根幹を担うシステムは大部分をクラウドサービスでまかなえる時代。多くの企業はそれらを活用することで、コストを抑えながら業務の効率化を図ることができるようになりました。

ただし、業種に関わらず使えるよう設計された汎用的なクラウドサービスは、かゆいところに手が届きにくいもの。例えば旅館やホテルのように、宿泊、食事、式場といったさまざまな役割をこなす施設では、単一のクラウドサービスや、汎用的なクラウドサービスを組み合わせるだけではカバーできないことは容易に想像できます。

2008年のリーマンショックの影響で経営難に陥り、その後再起を図るべく経営の効率化を目指した神奈川の老舗旅館「陣屋」も、同じ問題にぶつかりました。そこで同社が選んだ道は「システムの自社開発」。自らの旅館経営にあたって必要と感じた機能を盛り込んだ「陣屋コネクト」を開発し、運用を開始しました。

今ではクラウドサービスとして他の旅館・ホテルも活用するシステムとなり、陣屋の主要事業の1つとなっています。陣屋コネクトはどんなことができ、それによって旅館・ホテルの業務はどのように変わるのでしょうか。導入を成功させる秘訣も含め、同旅館の女将を務める宮﨑知子さんに話を伺いました。

株式会社陣屋 代表取締役 女将
宮﨑知子さん

目次

老舗旅館を襲った危機から生まれた「陣屋コネクト」

鶴巻温泉から徒歩3~4分、閑静な住宅街のなかに突如として現れる風情ある和風建築の建物。2018年でちょうど創業100年という長い歴史を誇る陣屋ですが、2008~2009年にリーマンショックや当時の経営者が亡くなる不幸に見舞われ、一時は10億円もの借金を抱えるほどの経営難に陥り、廃業の危機に立たされました。

その危機を乗り越えるべく、跡を継いだ息子がエンジニアとしての経験を活かし開発したのが、旅館・ホテル管理システム「陣屋コネクト」です。経営改革のためにはあらゆる部分の効率的化が不可欠で、売上アップと徹底したコスト削減が必須だったことから、経営を統合的に管理できるシステムが必要と判断。しかしながら、多くの既存システムは機能面に不都合が多く、ものによっては数千万円規模の導入費用が必要だったため導入を断念し、自社開発を決断しました。

「一般的な旅館・ホテル用のシステムは予約管理しかないものが多いのです。POSレジや会計システムなどは別途追加しなければならず、最終的なデータの取りまとめにも大変な手作業が発生します」と宮﨑さん。そのため陣屋コネクトでは、「旅館に必要な機能を全て載せる」ことを目指し、予約管理、設備管理、勤怠・会計管理、調理場における仕入れや原価の管理、さらには売上リポートなどのデータ管理から接客のための顧客情報管理に至るまで、あらゆる機能が実装されました。

陣屋のフロント。歴史を感じさせる調度品の数々が並ぶ
陣屋のフロント。歴史を感じさせる調度品の数々が並ぶ

そして、開発を続けながら自社で活用すること約2年、宮﨑さんいわく「現場から改善要望がなくなってしまった」ものの、それでもシステムとしてはまだ不十分と感じていたことから、さらなる機能改善を進める目的も兼ねて、2012年に他の旅館・ホテル向けにもクラウドサービスとして提供を開始しました。1ユーザー当たり月額3500円+初期導入費用20万円からというリーズナブルな料金が特徴の1つとなっています。

完全ペーパーレスを実現し、情報共有も確実に

2018年2月現在、陣屋コネクトは国内外の約240施設で利用され、10部屋以下の小規模な宿泊施設から、100~200部屋のビジネスホテル、リゾートホテルまで、多様な規模の施設に導入が進んでいます。ユーザーのボリュームゾーンは50部屋規模とのことですが、主に予約管理機能を目的に、旅館・ホテルだけでなく、レストランや介護関係施設でも活用されているそうです。

陣屋オリジナルの商品も販売している
陣屋オリジナルの商品も販売している

陣屋コネクトでとりわけ評価の高い機能は、予約状況をパソコンやタブレットでいつでも確認でき、完全なペーパーレスを実現できること。スタッフが実施した全ての作業・操作の履歴が残る点も重宝されており、誰が何をやったのかを明らかにすることで、顧客への対応力を強化するなど業務改善に活かしやすいのもポイントだと言います。伝言板代わりに使える社内SNSの仕組みもあり、陣屋では「クレームなどの情報共有、顧客要望の引き継ぎ、新入社員のメール添削にも活用しています」と宮﨑さん。

また、オプションのインカムを接客時に用いることで、携帯しているタブレットが従業員の発した言葉をリアルタイムで音声認識し、テキスト化して保管する仕組みもあります。テキストデータは他の従業員にも共有され、その場その場で具体的にどのような顧客対応をしたのか、後から確認して正しく状況把握することが可能になっています。

システムを導入するなら「みんなが楽にならないと不公平」

旅館・ホテルの経営に必須となる管理機能だけでなく、接客業において最も重要な顧客対応にフォーカスした機能も多数用意している陣屋コネクト、導入すれば業務を効率化できるのは間違いなさそうに思えます。しかし、宮﨑さんは「新しいシステムは、どうやって従業員に浸透させるかが課題です。買えば安心というわけではないので、覚悟して導入してほしい」と釘を刺します。

「陣屋コネクトが狙っているのは“全体最適化”。導入の際には、従業員のマインド(心構えや考え方)、オペレーションを全て変えなければなりません」とも付け加える宮﨑さん。旅館・ホテルのそれまでの慣習、既存のシステムをすべて置き換えることにもなりうるため、業務の仕方が根幹から変わってしまう可能性があります。したがって、これまでの導入例では、アナログなオペレーションから移行したケースの方が、先入観が少ない分うまくいきやすいのだとか。「従業員が気持ちを切り替えられないと、数カ月たってもうまく回らない場合もあります。現在のシステムで困っていないならそのままでいいですし、理由もなく“最新のシステムにしなきゃ”と焦って導入するのもやめた方がいい」と助言します。

「全体最適化」とは、言い換えると「従業員同士が支え合って業務を効率化していく」という意味になります。極端な例を挙げるとすれば、普段は調理の仕事に携わる人でも、他の部門のスタッフが不足している緊急時には客室清掃のヘルプに入るといった「横連携」が可能な職場が理想と言えるでしょう。「陣屋コネクトは全体でうまく回るようにするためのシステム。自分のセクションの仕事だけ軽くなればいいのかというと、そうじゃないと思います。みんなが楽にならないと不公平ですよね」と笑う宮﨑さん。部分最適化が必要な職場に対しては「それに特化したシステムが他にもたくさんあります」とアドバイスします。

旅館同士が助け合う新たな取り組み「JINYA EXPO」

陣屋コネクトは、システムが全てサーバー側にあるクラウドサービスのメリットを活かし、今後も年3回のペースでバージョンアップを続けていく計画です。現在は、数多くある宿泊予約サイト上の在庫管理を一括で同期する独自の「サイトコントローラー」の本格稼働、自社サイト上で予約受付を可能にする「ブッキングエンジン」の実装など、大型アップデートに向けて急ピッチで開発を進めているところ。手間のかかるネット対応の作業負担を減らすことで、「本来の接客業務に向き合えるように」というのが、宮﨑さんの想いです。

最近では、リソース交換によって旅館同士が助け合うネットワークサービス「JINYA EXPO」もスタートしました。食材、備品、人員、部屋、集客などの面で融通し合う、陣屋独自の新たな取り組みです。「全国チェーンのホテルなら、季節によってオフピークの地域からピークの地域に人員を移動できますが、単体の旅館だと不可能です。それをJINYA EXPOを通じてフレキシブルに対応できるようになれば」と宮﨑さん。実際に陣屋でも他の旅館に料理人と食材を提供することで、相手旅館は人員不足とコストを、陣屋は料理人のスキルアップと在庫の問題をそれぞれ解決し、Win-Winの関係を築けているとのことです。

陣屋コネクトの導入を検討している企業に対しては、セミナーを月に1、2回開催しています。会場となる陣屋ではシステムのデモンストレーションだけでなく、裏側をのぞけるバックヤードツアーも行われるので、“全体最適化”の実際の姿を見ることができるかもしれません。

導入時にはサポートチームが訪問して設定し、2~3日かけてトレーニングすることも可能と宮﨑さん。「このままじゃまずいと思っているところ、現状に問題意識をもっているところは、ぜひ陣屋コネクトを検討してほしい」と力強く語りました。

■企業プロフィール

株式会社陣屋
https://corp.jinya-inn.com/
https://www.jinya-connect.com/
大正7年創業。神奈川県秦野市の鶴巻温泉で、約1万坪の敷地に大小約20の客室を備える老舗旅館を経営。レストランやブライダルも手がけるほか、将棋・囲碁のタイトル戦の場として利用されることも。2008年のリーマンショックを契機とした経営難を境に抜本的な改革に取り組み、クラウド型旅館・ホテル管理システム「陣屋コネクト」を開発、運営する。