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明治・大正・昭和のベンチャーたち
野口遵 - 特許をビジネスモデルにした最初の日本人

目次

現場で積み上げられていく製造技術

 特許のビジネスモデルは、特許を買い取るだけでは成立しない。最新の特許を手にいれたとしても、それを受容する技術的基盤がなければ意味をなさないのである。旺盛な近代化が進むなか、多くの企業は外国特許に着目し、導入を図った。しかし、成功に導いたケースは意外にも少ないのである。原理がわかっても、プラントの図面をもらっても、やはり実際にものを作ることと、そこには大きな乖離があるのである。野口はフランク・カロー特許の買い取りから、そのことを学んだのである。そして重視したのは、現場で積み上げられていく製造技術であった。

 しかし、思えば大きいのはヨーロッパと日本と間の科学技術の格差であった。工業化には原理の発明発見は必要ではないかもしれない。しかし、それを受け入れられる技術と環境がなければ、ヨーロッパ技術の移植は不可能である。ともかく野口遵は、当時では珍しい世界的なレベルの水準を持つ技術者であり、かつ計画を大胆に実行に移す、経営者であった。この二つの能力を持つ実業家は見つからない。野口が終生のライバルと意識していた昭和肥料の総師・森矗昶(もりのぶてる)ぐらいなものかもしれない。森矗昶は独学ではあったが、科学技術に通じ、森コンツェルンの基盤である昭和肥料を創立した人物だ。

 さて、野口遵を実業家としてみたとき、その嬌姿は朝鮮での事業に求められる。これより先、大正2年9月、第一世界大戦が勃発する。爆薬の原料となる硫安、チリ硝石の需要が急増し、硫安は驚異的に暴騰する。失礼な言い方をすれば、日窒コンツェルンの基盤ができたのは、戦争のおかげなのである。依然窒素肥料は近代化の遅れた日本の農村ではあまり需要は伸びず、折からの日露戦争の反動不況から、資金繰りにつまづき、創業間もない窒素肥料製造会社は経営危機に直面していたのである。

第一次世界大戦の勃発で14割りの配当

 戦争は日窒を救ったのである。硫安工業、ソーダ工業、染料工業など最先端を走る花形産業として注目を集める産業を興す。化学工業というのは巨額な固定資本を長期にわたり投資する装置型産業であるため、経営上、常に問題になるのは稼働率だ。稼働率が高ければその分資本の回収が早まり、資本回収が早まれば、装置や設備の償却が進む。装置の償却が進めば進むほど、利幅が大きくなる。第一次世界大戦の勃発は、文字通り科学工業の稼働率を高め、巨額な収益を手にするのであった。社史によると日窒は大正9年に10割四部の高配当を出したと書いている。

 野口は余剰資金を新規事業に投じることも忘れなかった。すなわち、戦 争景気で得た収益の一部を、ベンベルグ絹糸製造を目的とする旭化成の前身旭絹糸を資本金800万円で創立する。ベンベルグとはドイツ「ベンベルグ社」が販売する人絹生地の商品名のことだが、人絹糸を処理するときに得られる硝煙は、綿火薬の原料であり、平和産業から戦時産業へと容易に転換可能な製品なのである。自社製品をそれぞれ連携させながら、全体としての日窒コンツェルンを構想する野口の目にはたぐいまれなものがある。

カザレー特許拾得をドイツ出張中に決断

 野口は戦争景気も一段落すると、大正10年に再びヨーロッパの旅に出る。戦争は新しい発明発見を促すというのが、野口遵の考え方だ。それにフランク・カローとの間で結んだ特許契約も切れる。日本で実用化できるような新しい技術はないか、それを探すのが旅の目的だった。フランク・カローは快く契約の継続を承諾した。契約を終えて、雑談をしているとき、フランクは「カザレーという男がアンモニア合成の実験をしているので、みたらどうか」と薦めるのであった。野口はすぐにテルニーに向かった。

 カザレーに会って交渉を始める。要求してきた値段は100万円。ずいぶんと吹っかけてきたものが、実験の内容を子細に検討してみると、これは事業化できそうだと野口は判断した。しかし、問題は特許料である。金額が大きいだけに、自分一人では判断しかねたのだった。関係者と協議の必要がある。そうは言っても、同業者が狙っている技術だ。野口は腹を決め、東京に電報を打った。「日窒が潰れるかどうかの瀬戸際。思い切ってカザレー特許を買い取るべきだ!」と電報を打った。

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