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明治・大正・昭和のベンチャーたち
三野村利左衛門 - 情報に通じた目利きの番頭

目次

新政府の巨大な利権

 慶應から明治へ――。時代は動いた。三井家も動いた。革命によって万物が変わったからだった。見事な大転換だった。この間の三井家の動きを『稿本三井家史料』から拾ってみると、いかに新政府と親密な関係を築き上げていったかが、よく読みとれる。明治元年9月、会計官付御用達を命じられたのを皮切りに、翌明治2年に東京会計官から為替方頭取と東京通商貿易商社総頭取を、さらに同年五月には通商司為替会社並に貸付方総頭取を拝命。同年9月には大蔵省から開拓使御用掛総頭取を――という具合で、東京ばかりか中央においても、金融為替通商を一手に握ったかの如しである。明治の新政府は、大蔵省のやる仕事まで「民活」路線を採り、民間企業を活用したのである。

 確かに明治政府が三井家に命じた御用命は、必ずしも儲け話ばかりとは限らない。なかにはボランティアというか、持ち出しも相当あったはずだ。しかし、御用命を子細にみるならば、そのほとんどが「利権」である。プラスマイナスのプラスをよく見ていたという点ではたいした目利きである。幕藩時代、三井家は徳川家に近かった。その三井家が大転換を図り、新政府の巨大な利権を手中におさめたというわけだ。もちろん、それは利左衛門の斡旋が大きかった。彼は新政府の経済利権を一手に取得した。口さがない連中は「明治政府の台所が駿河台にある」と、陰口をたたいたものだ。ちなみに、往時の三井本店はお茶の水近くの東京・駿河台に構えていた。しかし、ことは平坦な道ではない。明治政府の権力も流動的だ。各地に叛乱も起こった。要するに、革命の配当をめぐる争いだ。利権を確実に手中のおさめながらも、利左衛門は成り行きをじいっと観察し続けた。彼は学問はなかったが、物事を俯瞰して見られる不思議な能力を持っていた。まねようとても、誰にもまねのできない能力である。世の中の動きを俯瞰してみれば、時代がどう動くか、その先が見えてくる。事物は流動し、流転するものだ。それをじっと観察した。

 革命者が反革命に転じ、刑場の露と消えていくのも見た。権力者が権力を失ったときの悲哀も見た。権力が変わるたびに、政策も変わる。政策が変わるたびに、翻弄されるのは庶民であり、権力を持たぬ人たちだった。だから利左衛門は実に用意周到だった。要路筋との関係を密接にし、偏るのを避けて、各方面に保険をかけながら行動するのは、そのためだった。明治3年。このとき、三井家は大きな危機に立たされた。権力者の間で抗争が起こり、政策が変わったからだ。まだ明治政府は弱体で、財政は逼迫していた。権力者が考えることは一つ。軍事力と財権を確立することだ。新政権の台所は苦しい。財政的支柱と頼んだ太政官札も、日に日に価値が下落するばかりだ。そして猛烈なインフレーションである。新政府の財政破綻は、誰の目にも明らかだった。しかも、明治3年8月、新政府は東京遷都と奥州征伐の費用86万両の調達を迫られていた。新政府は三井に30万両を割当て、このうち5万両は即金で支払うよう下命したのである。

無学を武器に......

 無理難題であるのはわかっている。豪商三井といえども、幕末の動乱の なか30万両の金を揃えることなど、できぬ相談だった。内実をいえば、30万両はおろか、5万両すら用立てるのが困難な経営状態にあった。だが、資金が調達できぬとあれば、新政府は瓦解する。新政府に入れ込んだ三井も道連れにされる。いや、近代に向けて、その一歩を踏み出した、この日本が西欧列強の手に落ちてしまう。中国と同じく植民地だ。利左衛門は決断した。在庫の古銭をすべて売り払って、正金を用意した。おかげで三井の金庫は空っぽになり、蓄積してきた富はすべて吐き出された。全財産を投げ打ち、新政府を支えた。これは賭けであった。この賭けは、結果からみれば、大吉をもたらすことになった。明治政府の信用を得て、政府の枢機の奥深く入り込み、膨大な利権を手中におさめただけでなく政商三井の地位を盤石なものとして固めたのである。

 明治初期は近代国家としての基盤を固める時期でもあった。商法、銀行法など一連の法律が整備されていくのも、明治初期である。しかし、当時の明治政府は人材不足で、明確な洞察と定見を欠いていた。何と言っても、枢機を占めるのは、幕末の志士上がりの連中であったからだ。近代国家を作り上げる上でもっとも重要な課題は、軍政を整え、経済の基盤たる貨幣と銀行制度を確立することである。明治4年、新政府は利左衛門の発案により、発券銀行の設立構想を打ち出す。利左衛門は学はなかったが、知恵はあった。彼は無学は学べはよいとは考えなかった。努力も無駄だ。人は平等だとも思わない。能力のある者を、金を惜しまず、効率よく使えばよい。学が必要なら、学のある連中をいかに上手く使うか――を、学のない利左衛門は考えたのである。つまりは無学を、少しも恥じなかった。それどころか、利左衛門は無学を武器にしたふしがある。(つづく)

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