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明治・大正・昭和のベンチャーたち
渋澤栄一 - 日本資本主義の父

目次

連鎖倒産の危機

 しかし、明治初期というのは正しく革命の動乱期。出資者の小野家は旧幕府に巨額な上納金をおさめ、それが回収できなくなったため、経営がおかしくなっていた。そこに新政府から査察に入った。経営に不安があり、預託金を積み増しするように――というのが政府のお達しである。いまでいう債務超過の状態にあったわけだ。けれども、小野組はそんな余力はなかった。国立第一銀行は小野組に130万円ほどの融資を行っていた。小野組が倒産するようなことになれば、誕生まもない第一銀行は連鎖倒産する。

 そこで渋澤は小野組の出資金と融資・債権を相殺する格好で問題を解決する方針を打ち出した。そこに異議を唱えたのは三井家の番頭、三野村利左衛門であった。新潟の貧農出身の三野村は学こそなかったが、商才に長けた人物である。その三野村が言い出したのは株式民主主義の一般原則である。小野組が抜けたいま、株式の過半を制するのは、三井家である。そうであるならば、経営を三井に任せたし――という主張である。最もな要求である。しかも第一銀行 の実務は三井系統の人間に握られ、渋澤は孤立していた。

 しかし、それでは殖産新興のため設立された第一銀行は三井家の所有物になり、所期の目的は果たせない。零細な大衆資金を動員し「株式資本」とするのが「合本主義」の本義と考える渋澤には許せないことだ。渋澤は猛然と巻き返しに転じ、彼は銀行法の改正を政府に迫り、三井家からの独立を主張したのであった。当時の大蔵卿井上馨の尽力もあり事態は収拾され、三野村の野望は葬りさられた。この過程で井上馨との関係をスキャンダル視され、マスコミにたたかれ、ピンチに立たされた。この事件は日本の株式会社制度を確立する上で最初の難関でもあった。その自覚がピンチに立たされた渋澤を鼓舞し、彼が理想とする「合本主義」の銀行を守りきるのである。以後、渋澤は財界指導者として目覚ましい活躍を示したのは周知の通りだ。以下に渋澤の事績を簡単に記しておく。

 まず新政府に出仕した渋澤は、重要な貨幣、金融、財政制度の制定と改革に参与し、この間『立会略則』を著して株式会社制度に関する知識の普及に尽力する一方で、退官後は第一国立銀行(第一銀行の前身)に入り、後頭取に。王子製紙、大阪紡績、東京海上、日本鉄道など、関与した会社は枚挙にいとまがない。また東京商法会議所(東京商工会議所の前身)、東京銀行集会所、東京手形交換所を設立するなど財界の組織化にも精力的に努めた。財界の思想的指導者として彼が強調したのは「実業家は国家目的に寄与するビジネスマンでなければならない」とする経済道徳合一説だった。実業界の世界から引退して以後も、企業の社会貢献の必要を説き、教育、社会、文化事業に力を注ぎ、経済道徳合を身をもって実践した。昭和6年11月に永眠。徳川家の菩提寺、上野寛永寺に葬られた。(完)

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