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明治・大正・昭和のベンチャーたち
金子直吉 - 鼠と呼ばれた名番頭

目次

一坪たりとも資産を持たぬ事業家

 鈴木商店の崩壊は今日においても教訓的である。崩壊の原因については二つのことが指摘される。一つは急激に事業を拡大し、人も組織もついていけなかったこと。二つは先に述べた台湾銀行に対する依存を深め、系列企業のなかに固有の資金調達機能を、すなわち銀行を育成しなかったことだ。明治末から大正にかけ、三井・三菱など財閥企業は近代化を急いだ。出資者を財閥家族に限定することをやめ、経営と資本(宗家)の分離を図ったことである。しかし、鈴木商店の場合は、金子直吉に経営者でも出資者でもあるという特別な地位を与え、鈴木家が金子の行動に制限を加えなかった。大番頭・金子直吉に鈴木よねは全幅の信頼を寄せ、経営を任せきっていたのだ。

 崩壊の危機に立たされた金子直吉は、鈴木商店再建のため最後まで努力を続けた。しかし、各方面への働きかけは実を結ばなかった。万策つき、直吉は主人・鈴木よねのもとを訪ねた。このとき台湾銀行側では金子直吉の処遇が問題になっていた。台湾銀行側の要求を呑めば、あるいは鈴木商店は救われたかもしれない。もちろん、鈴木よねも二代目・岩次郎も、その動きは知っていた。そこでよねは「直吉どん仕方おまへんやないか、わてはな、あんさんが生きてくれはったらそれでええのや。上り下りは世の常やないか」と言った。直吉は泣いた。二代目・岩次郎も立派なもので「金子直吉は鈴木の功労者です」という立場を貫き、大番頭・金子直吉と運命を供にする決断をしたのだった。

 実に人間くさいやり取りではある。ここに鈴木商店の華麗さと史上類を見ない人情経営物語を見ることができる。ついに鈴木商店整理のときがきた。日本長期信用銀行や山一証券の倒産に際して経営者に対する責任問題が浮上し、債権者から個人資産の提供が求められた。巨額な退職金や報奨金を懐にしながら、個人資産の提出を拒否した醜悪な経営者がいたことはご存じの通りだ。鈴木商店の倒産でも、最高経営責任者に資産の提出が求められた。資産調査にあたった台湾銀行を始め債権者は金子直吉の資産を見て唖然とした。一軒の家も一坪の土地も持っていなかったからだ。鈴木商店の最高経営者でありながら、直吉は清貧な男で個人としての蓄財をまったくしていなかったのだ。

 金子は政治家に知人が多い。台湾以来親交があった後藤新平もその一人で、浜口首相との関係は有名だ。しかし、政治献金をするようなことはまったくしなかった。遊興の巷で遊ぶことも女性関係もなく、そりゃあ見事なほど身綺麗な男だった。当時の人は言ったものだ。浜口も当時のキンピカの若槻内閣も鈴木商店の救済に回らず、鈴木が倒産し、金子が没落した――と。要するに、金子直吉は倒産という危機の最中にあっても政治に救済を求めることはしなかった。崩壊時の「大阪毎日」は「商業貿易の結果が国是に背馳することなく、否、むしろ国是を背景として遙かにその後援をもって国利民福に合一する発展を策する商人だった」と鈴木商店を倒産させた男を絶賛しているのである。

ヘーゲルの弁証法から学んだもの

 さて、倒産後の金子直吉のことである。直吉は最初、鈴木の名を残し再出発することを考えた。つまり鈴木商店の営業権を継承することで再興を画したのである。しかし、台湾銀行など債権者は直吉のカムバック自体に異を唱え、直吉の再建案は実現しなかった。かくして直吉は残務整理を進める一方で、昭和6年に太陽曹達(太陽産業の前身)を持株会社として主家の再興を夢み、再び多角的企業経営に乗り出すのであった。老身にむち打ち取り組んだ事業は多岐にわたる。将来のエネルギー資源に着目し、樺太や北海道での石炭開発や、南洋ボルネオではゴム事業などを手がけた。

 希少金属の精錬を目的とする新日本金属を設立し、映画産業には欠かせぬ貴重材料を生産したのは、70歳に近い老人にしてはなかなか鋭い着眼である。しかし、その再興の途中で当主の鈴木よねは他界する。享年87歳。直吉は「生前に於いて社礎の興新と事業の回復を為し能わざりしは無上の遺憾」として慟哭した。直吉の主家に対する思いが伝わってくるような文面だ。後を追うようにして終生の親友だった柳田も逝った。よねが没した6年後の昭和19年2月、非凡な天才事業家はボルネオのアルミナ製造計画を夢みながら、その生涯を閉じるのだった。

 金子直吉は確かに金子商店を潰したA級戦犯だ。しかし、金子が育て残した各種の事業はいまに残っている。神戸製鋼所は台湾銀行の傘下に組み込まれたが、田宮嘉右衛門が経営の采配を振るい、高炉5社に一角を占めた。さらに大屋の帝人や播磨造船(石川島播磨重工業に継承)、高畑の日商(日商岩井に継承)なども、戦後に生き残った。各社とも一流の上場企業だ。つまり、鈴木全盛時代には比べようものないが、太陽産業を中核として系列に神戸製鋼所を擁する総計20余社の多角的経営を復活させ、事業の鬼としての意地を示したのである。晩年の直吉は御影にあった太陽興産の社宅に隠り、ひたすら読書にふけった。直吉が愛読したのはヘーゲルの弁証法だったという。

 ヘーゲルの弁証法とは物事は細胞分裂を繰り返しながら、ひとところにとどまることを知らず、その発展のなかで矛盾は止揚され、矛盾をはらみながら常に変化を遂げる――という説だ。それは企業活動も同様で、細胞分裂を繰り返す発展的現象であると同時に、その母体はいつか死滅し、死滅したのち、やがて再生する運命にあることを老境に入った直吉はヘーゲルの弁証法から学んだに相違ない。(完)

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