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明治・大正・昭和のベンチャーたち
岩波茂雄 - 出版文化の大衆化の功労者

目次

戦争反対を企図した新書版出版

 大正から昭和初期にかけては左翼運動が勃興した。民主主義や共産主義の思想が知識階級に浸透するにつれ、労働運動も活発となった。大企業は労働運動の荒波に襲われた。岩波書店も例外ではなかった。昭和3年3月のことだ。店員によるストライキが起こったのである。岩波茂雄は労働者にも理解を示す、リベラルな思想の持ち主だ。岩波は官憲の手を借りて問題を解決するのではなく、正面から従業員と向き合った。すなわち、従業員の要求を聞き入れ、従業員の待遇を改善することで問題の解決を図ったのである。不況の最中にもかかわらず、岩波書店は業績を伸ばした。文庫本や「芥川龍之介全集」などが、当たったからだ。岩波は必死で企画を考え、社内外に協力者を求め、次々と企画を具体化していくのである。ここに先頭を切って走る経営者の姿がある。創業20周年を記念し「岩波全書」が出版されるのは昭和8年のことだ。

 文庫が古今東西の古典を対象として出版されたのに対し、全書は社会、自然、文化の全分野にわたり現代学術の普及を目指すもので、当時は「帝国大学の講義の水準にある」と評価される信頼すべき内容であった。しかし、時代は戦争へと動き出していた。日中戦争が勃発するとともに、軍部の発言権が強まり、多くの書物が絶版の憂き目にあい、出版事情は次第に困難となる。このようなとき岩波茂雄は「岩波新書」を企画した。その後の新書版の原型となる出版だ。学徒兵が新書や文庫を懐に入れ、出陣していった。岩波茂雄の頭にあったのは、悪化する日中関係を憂慮し、中国理解の役に立てば――ということであった。テーマに選ばれた書籍からも、そのことがうかがわれる。岩波は平和を祈願する人であり、日中戦争には反対であった。新書版を新たに企図として目的はそこにあった。その意図が受け入れられたかどうかは怪しい。

戦争終結の願い

 新書版の出版は経営的に観れば大成功だった。文庫本は100頁につき20銭の値段をつけたが、新書版はページ数にかかわらず一律50銭とした。価格の安さと斬新な内容に学生や知識人だけでなく、一般の人びとは飛びついた。事業は大成功なのに、しかし、岩波の心は鬱として晴れなかった。戦時一色の世の中だ。早く戦争を終わらせねばと思った。日中戦争の愚挙を非難した友人の幾人も、囚われの身になった。中国人留学生の面倒を見るようになるのも、この頃のことだ。贖罪の意識が、そうさせたのだろう。日中戦争が本格化する直前、彼は中国の主要大学に岩波書店の書籍を寄贈することにした。しかし、この計画は戦争が本格化するなかで中断を余儀なくされた。岩波の遺志を汲んで岩波書店が北京大学、武漢大学など5つの大学に書籍1025冊を寄贈したのは昭和22年のことだった。

 岩波茂雄が中国に対し特別な感情を抱いたのは「日本文化の源流は中国に発する」という考え方からだった。昭和16年、岩波は年頭の挨拶で「今年は平和がくるのではないかという気がするが、この仕事だけに専念したい」と述べている。そう挨拶するには事情があった。時代は暗く重っ苦しい空気に包まれていた。昭和12年8月に、書店店員小林勇が「反国家的共産主義者の出版物を刊行した責任者」として治安維持法で検挙される事件が起こったからだ。小林は岩波の片腕として出版事業を切り盛りし、後に会長を務める男だ。国家権力による知性に対する弾圧だ。しかし、岩波は小林を守った。

岩波茂雄の軍部批判

 昭和17年11月、岩波茂雄は内外の有識者参列のもと、書店創立30周年記念の式典を挙行する。この席で岩波は「広く会議を興し万機公論に決すべし」で始まる「五箇条の御誓文」の意義を改めて強調するのだった。すなわち「五箇条の御誓文」の言辞を借り軍部独裁を強烈に批判したのである。けれども岩波茂雄は英米を相手にした戦争に反対であったのではなかった。アジアの解放という理念を抱く岩波は、アジアを蹂躙する英米帝国主義諸国を、少なからず批判的に観ていた。けれども日本が中国大陸やアジアに乗り出しアジア人同士が戦争することは反対だった。

 やがて敗戦。岩波茂雄は「敗戦を神風」と呼んだ。これから日本は民主主義となり、時代は良くなると信じたのだ。家庭における岩波は、幸福な人間ではなかった。しかし、彼は出版人として大成功を納めた。けれども、それは企図した事業の結果ではなかった。食えればいいさ――程度で始めた古本屋。出版でもやってみようか、と始めた出版事業。大志を抱き、出版業を始めたわけではない。あえて言えば、おもしろいことをやりかっただけだ。時代が彼に味方し、友人が協力し、次々とヒットを飛ばした。岩波は無類の人間好きだった。マメに友人たちの間を歩いた。その人間好きが著者の層を広げた。昭和の知性を総なめにできる人脈だ。彼は人をもてなすのがとても好きだった。著者も育てた。

 岩波文化人という言葉は岩波の人脈と同義である。茶飲み話からいくつも新企画が生まれた。あれこれ考えた末の企画というよりも、意図せざる故の事業の成功だ。確かに岩波は非凡な才能を持つ出版人だ。経営者としての岩波茂雄をみたとき彼の「人間好き」に着目したいと思う。その意味で言うなら、彼こそが「人間これ即ち事業なり」を、身をもって実践した事業家といえるかもしれぬ。脳溢血で倒れ、静養中の「楷擽荘」で永眠する。終戦の混乱が続く昭和21年4月のことであった。(つづく)

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