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明治・大正・昭和のベンチャーたち
鈴木三郎助 - 味の素の創業者

目次

「味の素」誕生の瞬間

できた!できた!――と、喜びの知らせが入ったのは、ちょうど金策に駆け回っているときだった。事業化を目指し、実験をはじめて2年近くがたっている。辛うじて生活費を稼ぐことができたのは、葉山に残したかじめ工場のおかげだった。忠治の掌には、確かに白い粉末がのっている。どれどれ――と、三郎助は指でつまみ、口に入れてみる。美味い!と思わず叫んだ。感動的な「味の素」誕生の瞬間だ。グルタミン酸の結晶粉生産のメドをつけた。問題はどうやって市場に出すかだ。マーケティングで重要なのは、商品のネーミングだ。いろいろな案が出た。三郎助の長男三郎が考えた商品名は「味の素」だ。どうだろう?と聞いた。味の素か、なるほど......。最終判断を下したのは三郎助だった。

明治42年6月29日のことだった。大枚をはたき、東京朝日新聞に大々的な広告を打った。新聞広告という思い切った手を打ち、こうして世紀をまたぎ、世界的なブランドになる「味の素」が、市場に登場することになるのであった。しかし、スタートは芳しいものではなかった。広告の効果はさっぱりで、売れなかったのだ。三郎助は営業を長男三郎に任せた。三郎はチンドン屋にビラをまかせたり、市電に吊り広告を出したりもした。アイデアの限りをつくしたが、消費者にそっぽを向かれてしまった。新商品を市場に定着させるのはなかなか難しい。そればかりではない。工場のある葉山住民から苦情が出た。塩酸が発する臭いが周囲に立ちこめ、それをなんとかせいというのだ。葉山には御用邸もある。住民とのトラブルを避け、工場を川崎に移す。それがいまの味の素工場だ。

中華料理と「味の素」の相性

皮肉なことに「味の素」が売れ出したのは大枚を払い広告宣伝をした日本国内ではなくて、朝鮮や台湾だった。とりわけ台湾からの注文が増えた。しかし、国内需要はいっこうに増えない。目立つのは、台湾からの注文ばかりだ。どういうことなのか、三郎助は首をひねった。気になる現象である。三郎助は長男の三郎を台湾に派遣し、実態調査に乗り出す。味の素がどのように使われているか、それを調べるのだ。三郎は台湾の料理店を調べて歩いた。予想はあたっていた。味の素は中華料理と相性がぴったりだったのだ。そのとき三郎は中国大陸に足をのばし、福州、上海、南京、漢口、大連などの各地を回る。

三郎は現地で販売の方法を考えた。三郎は営業の才があった。すなわち、中国大陸に特約店を作ることを思いついたのだ。父三郎助に電報を打ち、許可を求める。許可を与えたのはいうまでもないことで、三郎助は返電で「まず海外から販路を広げよ!」と指示を出す。そのとき三郎助が思い描いた販売戦略は「海外から内需へ!」だった。この販売戦略にもとづき、三郎が渡米するのは、中国大陸からもどった一年後のことだ。ニューヨークパーク・アベニューに出張所をもうけ北米大陸で「味の素」を展開する足場を築くためだ。こうして「海外から内需」の販売戦略が功を奏し、やがて国内需要を喚起する。

世界に張り巡らせた「味の素」独占権

三郎助は抜け目のない男だ。特許の意味がよくわかっていた。いまでこそ当たり前の話なのだが、海外戦略を展開するにあたり、欧米はもとよりアジア地域、中南米に特許権を確立する。排他的独占権を確立することで、池田博士に約束したもうけの3パーセントを確保しようというわけだ。中国ばかりか、欧米でも味の素が売れた。評判は評判を呼ぶもので、やがて海外での評判が日本にも伝わり、逆輸入の格好で味の素は国内でも爆発的な売れ行きを示す。白い結晶状の粉末が日本の台所に浸透し始めた。しかし、思わぬところで味の素は足をすくわれる。奇妙な噂が流されるのだった。

その噂が味の素の販売に打撃を与える。味の素の原料は蛇。噂は人伝いに伝わる。蛇が原料では主婦が嫌がるのも当然だ。そんな噂に輪をかけたのが、雑誌に載ったグラビアだった。四匹の蛇が味の素の容器を取り巻く図だ。ギョッとさせるに十分だ。原料や製造法は特許に守られ、秘匿されている。味の素の秘密を明かすわけにはいかぬ。しかし、三郎助は思い切った行動に出た。まず、原料は蛇にあらず――と、東京の5大新聞に広告を出す。そして味の素の素性を明らかにする。いまでいえば、情報公開というヤツだ。三郎助はプレゼンテーションの名手だったと、先に書いた。三郎助は同時に広告宣伝の意味をよく理解していた男だ。広告宣伝にはカネを惜しまなかった。それが効を奏した。情報公開と大々的な宣伝だ。いまでも十分に通用する営業戦略だ。それが思わぬ販売効果を上げることになる。それは三郎助の予想を遙かに上回るものだった。

先を見込み、三郎助は莫大な投資を行った。川崎のグルタミン酸製造工場は最新鋭の設備を備える一大近代工場に変貌した。そうしたのは、はなはだ芳しくない噂が流れてからだ。近代設備を広告宣伝に利用するのも忘れなかった。なるほど、味の素はこんな立派な工場で作られているのか、と家庭の主婦たちを感心させた。狙い通りと言っていいであろう。しかし、三郎助には心配事があった。それは重大な問題で、会社の浮沈に関わる問題でもあった。それを解決しなければ、会社の将来にメドがたたない。心配事というのはまもなく特許の期限が終了することだ。特許が切れれば、誰でも自由にグルタミン酸を製造販売できる。それにより味の素の排他的独占は終焉する。それにしても膨大な投資を続けてきた。設備投資と販売促進のための投資だ。(つづく)

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