会長へ身を退き社外活動を開始 技術者として地域・社会に貢献【ナード研究所】
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株式会社 ナード研究所 相談役 株式会社 八重山の宝 技術顧問 荒川守正(あらかわ もりまさ) 大正14(1925)年生まれ。大学卒業後、アメリカの大学院を経て31歳で父親の創業した化学メーカーに入社。15年ほど研究開発に従事するが新製品販売をめぐり社長である兄と意見が合わず退社。 昭和47(1972)年、化学分野の受託研究を業務とする(株)ナード研究所を設立。社長を退いた後も技術コンサルタント集団ATACを立ち上げたり、自らの技術を応用したモズク入り<八重山モズクンそば>の開発で地域振興し、ビジネスを支援するなど多方面で活躍中。 |
長年やると権力が集中して“垢”がたまる
- ――現在はナード研究所の相談役というお立場ですが、起業された経緯を教えてください。
- 僕は31歳で父の興した現在一部上場の荒川化学工業に入社し、新製品開発に従事していました。もともと独立志向だったわけではなく、15年ほどは順調にいってたのですが、新製品のアメリカ輸出を巡ってトラブルがあり、辞めざるを得なくなりました。すると13人の技術者が私に賛同してついてきました。もう独立しないとしょうがない(笑)。
- ――独立にあたっての不安はなかったのですか。
- 13人ぐらいだったら仕事を見つけて何とか食わしていける。2、3年やってダメでも景気がよいので皆どこかの会社に採用してもらえると思ったのです。前の会社での僕の実績をみていた銀行から借金し、スレート張りの仮工場からスタートしました。その銀行には総額1億円以上借りました。しかし10年間は仕事の開拓やら借金の返済やらでたいへんでした。
- ――事業内容などはスンナリ決まったのでしょうか。
- 最初の3年ほどは前職で繋がりのあった企業の研究開発を引き継いでやっていましたが、オイルショックで事情が変わり、相手企業が研究を中止しました。それで方向転換して化学分野の受託研究、受託合成の仕事をするようになりました。というのも僕は研究開発をずっとやってきたので、大手企業にリスキーな研究やら危険な研究、異業種参入時の研究などを外注したい需要があるのを感じていたからです。
- ――そうまでして立ち上げた会社の社長を15年で退き、社外活動を始められたわけは何ですか。
- 10年間は借金があったので社長を交代できない。それで15年経って交代し、会長に退きました。長年やると権力が集中してどうしても“垢”がたまるので、20年以上社長をやるべきではないというのが僕の信念なんです。
そして平成3年には、(財)大阪科学技術センターの創立30周年事業に僕の「大企業を定年退職した技術者を集めて中小企業を支援する組織を作る」という提案が通り、言い出しっぺとして6年間運営委員長を務めました。 - ――その提案を思いついたきっかけは何ですか?
- 当時、「これからは高齢者が増えるから非常に暗い時代になる」と平気で発言する政治家がいて、実際60歳を過ぎてしまうと、やりがいのある仕事に就くことはたいへん難しい。特に技術者には仕事がなかった。皆何かしたいのに政府は何もしない。ちょうど僕が65歳だったのですが、「これはアカン」とこの組織――ATAC(アタック)――を企画しました。入会希望者には入会金と月会費を払ってもらい、彼らが仕事をして得た売り上げで独立運営しています。今ではこのアタックの独立した組織が奈良、和歌山、岡山、広島にもできています。
食糧の自給率を60%ぐらいまで上げたい
- ――最近は食の分野にも進出されたとお伺いしましたが。
- 僕はこの2、3年、石垣島と北海道に年3回ずつぐらいATACの仲間と行ってるのですが、たまたま沖縄出身の仲間を通じて知り合った石垣島の人が、「定年後はそばを作りたい」と言うので、「どうせやるなら儲けるのが難しいそば屋よりも、沖縄名物になるようなそばを作って地域貢献もできるような本格的なビジネスを目指したらどうか」と提案しました。ちょうどATACの北海道のメンバーに、乾麺製造では日本一と思える30年来知っている社長がおり、僕らが両者を繋ぎました。
- ――“モズク入りそば”なのはどうしてですか。
- 沖縄の特産品である養殖の生モズクは安く買い叩かれて内地へ送られ、そこで加工されて高くなり、内地の人が儲けています。そうではなくて現地の人、漁師の人が儲かる仕組みを作らないとダメ。麺に練り込むモズクを熱処理する技術は僕らが開発しました。それを北海道に送って乾麺を作ってもらう仕組みです。僕は食べ物に非常に興味があり、今後、食糧の自給も考えないといけないと思っていたのでちょうどよかったんです。
- ――地域貢献・社会貢献を通して食の自給率を上げることをかなり意識されていらっしゃるようですね。
- 技術者としてやるからにはやっぱり世の中のためになることをしたいです。今までやってきた世の中の副産物や廃棄物を有効利用する仕事の延長に、最近では食糧の自給率を60%ぐらいまで上げたい、そのために食糧部門に進出したいという新たな目標もできました。自分も楽しみながら、少しでも皆が喜んでくれて、それで社会貢献もできたら最高ですね。
ナード研究所は平成元年に現在地に社屋ビルを新設、移転した。2005年現在、売上高24億5,000万円。2006年特許出願件数235件。設立時資本金は500万円、何度かの増資を経て平成11年には9,108万円に
社名はNEW ARAKAWA RESEARCH AND DEVELOPMENT の頭文字からつけた
八重山地方の海から採れる天然モズクをタップリ使用した八重山モズクンそば。素材を活かしたノンフライ麺で、合成保存料、合成着色料、化学調味料などを一切使用していない
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