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ロボ・ステーション


新産業の創造に挑む!ロボット特区大集合
「子供たちに教えられることに喜びを感じているんです」〜教育教材ロボットの開発と講習会の開催に熱意を示す電気店街の“おっちゃん”〜【ダイセン電子工業】

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ダイセン電子工業 蝉 正敏さん

(株)ダイセン電子工業
代表取締役 蝉 正敏

〒556-0005
大阪市浪速区日本橋4-9-24
http://www.daisendenshi.com/

毎週土曜日の午後、大阪・日本橋にある電気店街「でんでんタウン」で、多くの子供たちが集う場所がある。ダイセン電子工業の4Fセミナー室がそれで、同社の教育教材ロボット「Top Junior3(Tj3)」を利用した講習会が開催されている。小学低学年から高校生まで、父兄などを含むと毎回30名程度が集まっている。

「講習会を開催しないのは、お盆休みとお正月ぐらいですかねぇ〜」
 同社社長の蝉正敏さんは、子供たちと自分たちの熱心さを、そう表現する。

その甲斐があり、昨年は、参加メンバーの中から「ロボカップ2007アトランタ世界大会」において、ロボカップ・ジュニア大会「サッカーチャレンジ」と「ダンスチャレンジ」のチャンピオンを輩出した。幅広い年齢層の子供たちが集まりつつレベルの高い子供を抱えているのが、この講習会の特徴である。

毎週末、ダイセン電子工業で実施されるロボット製作講習会の様子。大型液晶画面に付属ソフトウエア「C-Style」の操作画面を表示しながらプログラミングを教えているところ。指導には、同社スタッフが当たっている。 自律型ロボットの製作キット「Top Junior 3」。2個のギヤモータに加え、赤外ボールセンサ、グレースケールセンサ、タッチセンサを搭載する。ダンスチャンレジやサッカーチャレンジなど「ロボカップジュニア」に向けた教材として利用できる。

(左)毎週末、ダイセン電子工業で実施されるロボット製作講習会の様子。大型液晶画面に付属ソフトウエア「C-Style」の操作画面を表示しながらプログラミングを教えているところ。指導には、同社スタッフが当たっている。(右)自律型ロボットの製作キット「Top Junior 3」。2個のギヤモータに加え、赤外ボールセンサ、グレースケールセンサ、タッチセンサを搭載する。ダンスチャンレジやサッカーチャレンジなど「ロボカップジュニア」に向けた教材として利用できる。

指導には同社のスタッフに加え、中学校の技術・家庭科の先生たちが当たっているが、驚くことに、みな手弁当で行っている。  「確かにタダで、しかも毎週、講習会を開催するのは楽ではないです」
 「でも、とにかく教えることが好きですから・・・」
 蝉社長は、そう説明する。
 さらに、「子供たちと父兄、先生方、そしてわれわれメーカーが一体となって講習会に関わることで、そこに喜怒哀楽が起きます。これが楽しいですし、そんな教育の場を提供できることに喜びを感じているんです」と、付け加える。

地元・日本橋発のロボットを・・・

ダイセン電子工業は、赤外線リモコンや各種電子基板の製造販売で知られる企業である。特に赤外リモコン送信器は、基本ベースとなるリモコンを数種類用意することにより、一品からの納品を可能にしている。数多くの宿泊施設などへの納品実績を有しており、この分野では圧倒的な強みを持つ。

蝉社長が同社を設立したのは約21年前で、現在のでんでんタウンにオフィスを構えたのは約4年前からである。「もともと日本橋やでんでんタウンのファンで、ここにオフィスを構えるのが長年の夢だった」とのことで、社の業績アップとともに二度の引っ越しを経て、この地に辿り着いた。それだけに、蝉社長の地元への思いは人一倍強い。

そんな蝉社長が、教育教材用ロボットの開発に携わるようになるのは、「ロボカップ2005大阪世界大会」開催を控えた2004年頃である。当時、関わっていた電子工作教室のメンバーの間で“日本橋発のロボカップジュニア競技対応ロボット”の開発案があがり、その開発要請を受けたことがきっかけとなる。

その頃、ロボットカップジュニア競技対応のロボットキットには、九州のイーケイジャパンのものしかなく、大阪で供給している企業はなかった。「ロボカップのホストである地元大阪に、また日本橋に、そんなロボットがないことに歯がゆい思いをしていた」とのことで、蝉社長にとって、「その開発は、まさに臨むところだった」という。

また、長年にわたってロボット開発に関わりたいという思いを秘めており、待ち望んでいた依頼でもあった。
 同社には、蝉社長をはじめ優れたマイコン制御技術者を抱えている。創業当初から「いずれは子供たちが楽しめるような教育教材ロボットを!」という思いを抱いていたが、経営に余裕がなく「思いばかりで何もできなかった」。

業績の向上とともに現在の場所にオフィスを構えた、まさにちょうど良いタイミングで要請を受け、すぐさま取り組むことになった。

技術を明確に教えられるのはプロの技術者として

開発した初めてのロボットは「Top Junior One(Tj1)」として、ロボットカップ大阪世界大会で発表する。
 Tj1は、電子基板を丸く切り抜いたデザインが特徴で、別々に回転する2つのホイールで自在に走行する。プログラムは、付属の専用ソフトウエア「C-Style」で行う。C言語をベースにプログラミングを行うもので、マウス操作だけで簡単に編集するができ、子供から大人まで楽しくC言語に触れることができる。以前より開発イメージを抱いていたこともあり、「わずか2カ月程度で開発できた」という。

ロボカップ大阪2005世界大会で発表した「Top Junior One」。電子基板を丸く切り抜いたデザインが特徴だった。

ロボカップ大阪2005世界大会で発表した「Top Junior One」。電子基板を丸く切り抜いたデザインが特徴だった。

その後、「Tj2」「Tj3」と後継機種を開発していくが、これらの原型はTj1ではなく、地元の中学で技術・家庭科を指導する井上伸治先生が、同社に持ち寄せた自律型ロボット教材「ORCA」となっている。
 ORCAとは、大阪府教育センターの中学校「技術・家庭」指導者養成長期研修の一環で研究開発された教材である。マイコンにはPIC16F84Aを使用し、2つのモータで駆動する。そのほか4本のセンサ入力、2つのLEDを備える。それをベースに、技術・家庭用教材として同社が開発・商品化したものが「ORCA Junior One(Oj1)」となり、Tj2とTj3はこの設計を継承して開発されている。

地元の中学で技術・家庭科を指導する井上伸治先生が開発し、持ち寄せた自律型ロボット教材「ORCA」。 ORCAをベースに、技術・家庭用教材として開発・商品化した「ORCA Junior One」。

(左)地元の中学で技術・家庭科を指導する井上伸治先生が開発し、持ち寄せた自律型ロボット教材「ORCA」。 (右)ORCAをベースに、技術・家庭用教材として開発・商品化した「ORCA Junior One」。

ORCA Junior Oneをベースに開発した「Top Junior2」。 ORCA Junior Oneの後継機となる「ORCA Junior2」。

(左)ORCA Junior Oneをベースに開発した「Top Junior2」。 (右)ORCA Junior Oneの後継機となる「ORCA Junior2」。

Tj2およびTj3は、井上先生をはじめとする中学ロボコンやロボカップジュニアに熱心な先生方を通じて、草の根的に広がりを見せている。最近は地元大阪だけでなく、広島県や愛知県など他地域の中学校からの問い合わせや購入があるという。

こうして長年の夢だった、自社開発の教育教材ロボットの普及が進む中、蝉社長は新たな教材の開発に意欲を抱いている。
 学習の段階ごとに製作を進めていく教材を目指している。その内容はまず、中学ロボコンと同様、有線による操縦でライントレースを行う。次にハードウエアのみの構成でトレースを行い、最後にマイコンを搭載して自律制御でトレースを行う、というものである。段階ごとにマイコンの仕組みを理解できる、非常に配慮された設計になっている。

「コンピュータやマイコンの仕組みをきちんと理解されている人は少ないです。おそらく、先生方でもそうでしょう。でも、僕らはプロのエンジニアなので、それを明確に説明できますし、このような取り組みが、僕らには求められていると思うんです。
 そこで、このような教材によりハードウエアおよびソフトウエアの仕組みを理解してもらうことで、『マイコン』という高い敷居を低くしてあげたいと考えたのです」
 蝉社長は、開発の理由をそう説明する。プロのエンジニアとしての使命感が伝わってくる。

構想中の教材はTj3の構成部品を再構成することにより、「今年中には提供を始めたい」という。また、中学だけではなく高校生や大学生にも幅広く提供していくことにより、「Tj3などともに、ユーザーのすそ野を広げていきたい」と意欲を示す。

講習会に通う子供たちは、あの頃の僕みたい

このように教育教材ロボットの開発に、また講習会の開催に熱心に取り組む蝉社長と同社であるが、蝉社長は昔を振り返りながら、次のような話をする。

「僕が生まれたのは1948年で、子供の頃は、まだまだ貧しい時代でした。いまのようにロボット教材をつくるような取り組みをすることが夢でしたが当然、そのようなものはありませんでした。せいぜいラジオを組み立てる程度でした。
 でも、いまはハードウエアとソフトウエアの両方の技術が揃いましたし、僕はプロのエンジニアになって教えられる立場になりました。
 いま講習会に来てくれる子供たちは、そんな夢を抱いていた、あの頃の僕のように見えますし、そんな子供たちに向けて教材を提供して、教えられることがうれしいです」

プロの技術者として子供たちに指導する蝉社長。講習会に参加する子供たちは「むかしロボットをつくりたかった自分のみたいで、そんな子供たちに指導できるのがうれしい」と話す。 講習会では父兄とのコミュニケーションも図る。これも蝉社長の仕事の1つ。 講習会に参加する子供たちには、使った道具の後片付けなどしつけも指導している。

(左)プロの技術者として子供たちに指導する蝉社長。講習会に参加する子供たちは「むかしロボットをつくりたかった自分のみたいで、そんな子供たちに指導できるのがうれしい」と話す。 (中)講習会では父兄とのコミュニケーションも図る。これも蝉社長の仕事の1つ。 (右)講習会に参加する子供たちには、使った道具の後片付けなどしつけも指導している。

また、地域コミュニティの役割からも、蝉社長は話を続ける。
 「かつては、地域の公民館やお寺などに子供や大人が集まる機会があり、子供たちに何かを教えたり、子供たちが隣近所の大人と触れ合ったりする機会がありました。でも、いまはそんな機会もなければ、子供を指導するおっちゃんたちも街にはいません。
 講習会に参加する子供たちからすれば、僕らは地域のおっちゃんのみたいなもので、ロボット以外の話題もよくしますし、子供たちは僕たちの言うことをよく聞いてくれます」

確かに、参加している子供たちは、挨拶がきちんとでき、また使った道具をきちんと片付けている。当たり前のことができる子供が多く、蝉社長をはじめとする、おっちゃんたちの指導の成果が垣間見える。

取材中、蝉社長は「理由はわからんけど、僕は教えることが好きなんです!」という言葉を繰り返していた。プロのエンジニアとして、またでんでんタウンのおっちゃんとして、教育教材ロボットの開発と講習会の開催に携わっているが、手弁当でも継続できるのは、このたった1つの思いによるものであることに気付かされるし、本当に好きなのだと思わずにはいられなかった。


掲載日:2008年9月16日

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