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ものづくりの原点


第30回

インフラ支える力持ち [昭和化学工業]

比嘉克己社長

比嘉克己社長

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技術導入にも意欲的

昭和化学工業は沖縄県内の水処理用薬品類を一手に製造・販売する。メキシコと豪州から輸入した天日塩を原材料に使用し、溶解、精製、電気分解のプロセスを経て、苛性ソーダや次亜塩素酸ソーダなどを生産する。納入先は沖縄県をはじめ電力会社、ホテル、学校などで、主に上下水道や産業廃水などの中和剤や減菌剤に使用される。県内の生活・産業インフラを支える「縁の下の力持ち」的な存在といえる。

発足は昭和36年。米軍向けに塩素の製造・販売を始めた。同47年の沖縄本土復帰後は上下水道など社会基盤整備の需要が生まれ、これが追い風となり経営は軌道に乗り出す。沖縄は市場規模が小さいため本土から大手が進出しなかったことも幸いした。同55年には国内で初めてイオン交換膜電解に着手するなど、技術導入にも意欲的に取り組んできた。現在は社員52名で年商20億円(平成19年3月期見込み)規模に成長。沖縄県内では唯一、日本ソーダ工業会の会員でもある。

供給責任は何としても果たす

モノづくり企業としての基本姿勢は「どんなことがあっても供給責任を果たすこと。電力会社や沖縄県に供給できないでは通らない」(比嘉克己社長)。台風などの自然災害で生産が中断しても代替できる業者は県内にいない。沖縄という特殊事情に加えオンリーワン企業ならではの責任が重くのしかかる。このため赤崎(うるま市石川赤崎)には苛性ソーダや硫酸の貯蔵タンクがあり、非常事に備えて製品を備蓄する体制をとっている。

電気分解設備

電気分解設備

眼下に碧色の海が広がる本社工場(うるま市字昆布1455)では、塩水が電気分解設備にかけられ製品に生まれ変わる。電解槽は現在、20槽が稼働。その心臓部にあたるイオン交換膜の耐用年数は長くて5年ということで、最も投資負担の大きな部分になっている。平成13年にISO9001、同17年にISO14001をいずれも全事業所で取得するなど、品質・環境対策にも力を入れている。また、20台のローリー車を所有し、「スムーズ&スピード&セーフティ」をモットーに製品をユーザーのもとへ配送する製販一貫体制をとっている。

事業の多角化にも余念がない。平成5年には赤野工場(うるま市字赤野768)で回転成型法によりポリエチレン製品の製造を開始した。当初は自社で生産した薬品類の輸送用に、ポリエチレン製の貯蔵タンクを本土から購入してきた。だが輸送コストが高くつくため思い切って内製に切り替えることにした。こうして薬品タンクから製造・販売を始め、現在は家庭用の給水タンクや雨水利用タンク、農業用の農薬散布・液肥調合タンク、建築・土木用の衝突緩和用保護材など、55品目を外販するまでになった。

平成17年には本社工場に塩の袋詰め設備が完成。塩の販売自由化を受け天日塩を外販する事業にも乗り出した。現在は営業マンが県内の小中学校を回り販路開拓を進めている。沖縄では小中学校の校庭が乾燥し、風が強い日には砂埃が巻き上がり近隣住民が被害を受ける。塩は吸湿性があるため校庭に散布すると3〜4カ月は防塵効果がある。また沖縄の特産品であるモズクの保存用としても販売を予定。塩の購入量を増やすことで仕入れ価格を低減する狙いもあるようだ。

コスト抑制を図る

沖縄県内に競争相手がいないというのは最大の強み。供給責任の重さが「防御壁」になっている。「ここ10年は値上げした製品はない」(比嘉克己社長)というように、電力料金が安定的に推移しているため、円安や原油高に伴う原材料コストの上昇というリスク要因は低く抑えられている。最近は採用でも気を吐いている。同社から働きかけなくても大学から学生を紹介されるようになったという。07年度は理工系大卒を含め新卒3名を採用。団塊世代の完全引退後を睨み、後継者の育成にかかろうとしている。


掲載日:2007年5月 1日

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